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不都合なことや嫌な出来事から目には見えない幸福を想像する。

不都合なことや嫌な出来事から目には見えない幸福を想像する。
ということを思った。

昨日は車の運転をしながら信号待ちが多くて。
そこでふと思ったんだ。

信号待ちが多くて嫌だけど
実はそのおかげで何か焦っていることを
落ち着かせてくれているんじゃないか
と。

あるいはもしかしたら
ここで信号待ちをしたことによって
例えばどこかの曲がり角から飛び出してくる車と
鉢合わせることなく
無事に事が進んでいるんじゃないか
と。

無事に続く日は
当たり前に帰宅して
いつも通り
当たり前の時が過ぎて
ありきたりの1日が続いていく

でもそれはね
何もアクシデントがないから
ありきたりの1日なの。

無事につつがなく終わったということは
問題もなく
うまくいって成功だった
ってことなの。

それは目立たないことだけど。

ありきたりの1日は
大成功の1日なの。

目には見えない幸福は
当たり前の中に
ベールで包まれているの。

それが見えないことが幸せなことなの。
でも見えないから忘れてしまう。
大事にしなくなってしまう。

だからときどき
裏返しの
不都合なことや嫌なことっていう形で現れる

その目に見えたことから
目には見えない幸福を想像する。



2017.12.16 him&any

©︎2017 him&any

あったらいいのに

ブログにもリツイートみたいなのがあったらいいのに。アメブロやtumblrには「リブログ」っていう機能があるみたいだけど、人のブログじゃなくて自分の記事を再投稿する感じのが手軽にできると嬉しいなってことです。過去の記事を(使い回しってことじゃなくて)もう一度最新日程で出す、みたいな感じで。内容がけっこう良かったのとか、自分としては気に入ってるのを、こう、ときどき何回か再提示する感じですかね。自分でも過去の記事は見ないからどんどん忘れていっちゃうので、ときどき思い出すような。まあ、bloggerは日付を設定できるから、過去の記事をたどって日付を未来にするとか、本文をコピペするとか、そういう風にすれば再度提示はできるけどね。あと過去記事にリンクはるとかね。でもまあリツイートみたいなのがあったらいいな、と思っただけです。

2017.12.15 him&any

©︎2017 him&any

共感「わかるわかる」

ヒットメーカーというか
多くの人に親しまれる作品って「共感」が
多い気がするんですよね。
「共感」→「あぁ、あるある、わかる〜」
という感じのやつです。

「ポニョ」の保育園の壊れた柵の抜け穴
「トトロ」のメイちゃんの行動

なんだかね、自分の幼いころを思い出すような
気がするんですよね。
だって実際あったもんね、そういうこと。

そういう瞬間をちゃんと見ていて
絵として、ストーリーとして描き出して
そのうえ、「あぁ、あるある、わかるわかる〜」と
ちゃんと実感できるように表現するって
ホントすごいと思うんですよね。
宮崎駿監督。
そしてその監督を含めてプロデュースする
鈴木敏夫さん。
すごい人たちだなぁ、ホント。

音楽でも小説でも
同じようにすごいものが溢れているので
いろいろと味わっていきたいですね。


2017.12.14 him&any

©︎2017 him&any


おなかがすいた。。

健康診断の話である。

健康診断は午後だが
「血糖値などを測るので朝食は食べないでね」
と書いてある。

朝食は食べられない。。おなかがすいた。。

何より気を付けないといけないのは

ちょっと一息、コーヒーを。。

外出の前にのど飴をひとつ。。

どちらもたぶんダメである。

本を読みながらおやつもダメである。
音楽を聴きながらミックスナッツもダメである。

健康診断までは全部ガマンである。

「ついつい、いつもの行動で何か食べてしまう」
ということをしないように気をつけないといけない。

これが何よりも大変なのである。

そうやって気持ちの張りつめた状態で半日過ごすのである。

このような精神状態で
本当に正常な血液検査ができるのか心配である。

でも良いことがある。
昨日の夕飯以降、何も食べていないので
たぶん体重はいつもより

1キロくらい軽い☆彡☆彡☆彡
はずである。

おなかがすいた。。


2017.12.13 him&any

©2017 him&any

逃げる場所は

逃げる場所は
誰もいないところがいい

早く 早く

僕はそこで涙を
流していたいだけなんだ

逃げる場所は
誰もいないところがいい

人ごみの中がいい

街の中 網の目の中
暗い暗い 人ごみの中がいい

そこなら
いる人は皆 いないじゃないか

あるものは全て ないじゃないか

僕はそこで涙を
流していたいだけなんだ

誰もいない人ごみの中へ

走って 走って

早く 早く

苦しい心を 胸の中の痛みを
服の上からつかみながら

走って 走って

逃げよう 誰も いない沈黙の中へ

音楽で耳を 塞いでしまおう
誰もいない音楽の中へ 塞いでしまおう

僕はそこで涙を
流していたいだけなんだ

誰もいない 冷たい人ごみの


2017.12.8 him&any


©2017 him&any

ポジティブの影に

ポジティブの影に
ひどく深い悲しみがあって

その姿に気づいてしまうたびに
ポジティブを遠ざける



2017.12.5 him&any


©︎2017 him&any

チャレンジ

チャレンジすることは
大事なことだ

そして何より 楽しい

自分で挑んだチャレンジだから
困難も 楽しい

ぎゅーっと息をつめるような 集中

ぎりぎりと身を引き締めるような 緊張

すべてが 何かに 繋がるようで
楽しい

ロールプレイングゲームで
じりじりとレベルをあげていくように
じわじわとコインを貯めていくように
楽しい

自分で挑んだチャレンジならば
つらいことも 楽しい

自分で選んだという口実のもとに
不条理に理不尽に強制されるチャレンジは
楽しくない

自分で挑んだチャレンジならば
何もかも 楽しい



2017.12.4 him&any

©︎2017 him&any


ツイッターアンケート

ツイッターで初めてアンケート機能を使っている。
たくさんの人が見てくれて協力(投票)してくれている。
コメントをしてくれた人もいる。

ぜんぶ嬉しい。

とてもありがたい。

感謝だ。

思い切ってcore i7 のノートパソコン(windows)に買い替えるつもりなのですが、DTMやるうえでは①と②どっちが良いのでしょうか…?

ぜひ参考にさせていただきたく、ご協力よろしくお願いします。。 — him&any (@him_any) December 1, 2017
2017.12.2 him&any


©︎2017 him&any

嫌なことがあるとそれがプラスになると考える。別に教訓とか成長とかそういう意味ではなく。

嫌なことがあった時
それがプラスになると考えるようにしている。


別に嫌なことが教訓になるとか
学ぶことがあるとかそういうことではない。


人生においてマイナスにはならないとか
嫌なことで成長するとかいうことでもない。


いろいろな経験は教訓にも成長にも役立つと思うけれど
ここで言いたいのはそれではない。


嫌なことは嫌なことだ。
それは変わらない。


プラスになるというのは
反動みたいなことだ。


なぜかは知らないけれど
生きている中で必ず波のようなものがある。


反動のようなものがある。
振り子のように。


メトロノームのように。波のように。
右から左に。下から上に。


嫌なことがあると
どんな反動があるのだろうと考える。


嫌なことが
反動のきっかけだと考える。


嫌なことが深いほど
反動の高みを楽しみにする。


嫌なことが長いほど
反動の長さを楽しみにする。


ここで最も大事なことは
良いことや嬉しいことや幸せやラッキーの反動は


決して考えないことだ。



2017.12.1 him&any

©︎2017 him&any

個人的に好き

ツイッターで「個人的に好き」という言葉を使った。

そもそも「好き」は個人的なものだから
それに「個人的に」をつけるのはおかしいのでは?
という説も聞いたことがある気がする。

それはそれとして
(今回は特にそれの是非は考えない)

「個人的に好き」の対義語を考えていた。
    ↑
    ↓
「個人的に好きではない」という感じか。

もう一歩進めてみる。



「社会的に好きではない」


これだろうな。


個人的←→社会的

好き←→好きではない

これが対になっている。


じゃあ「社会的に好き」とは
どういう状況か?

『個人の意思はさておき
ここはとりあえず好きってことで』

こういう感じか。

これは、つまり、「社交辞令」のことかな。


2017.11.30 him&any

©︎2017 him&any

検索とブログ

最近いろいろとネットで検索(調べもの)をしていると
「ブログ」に行きつくことが多いですね。

一昔前は「ホームページ」だった気がします。

今はだいたい「ブログ」か「質問サイト(Q&A)」が
多い気がします。

「ホームページ」を作るよりは「ブログ」を更新するほうが
手早く簡単にできる気がするので「ブログ」が増えたのは
自然な結果なのでしょうね。

広告を貼って広告収入を得ようと考える場合も
ブログは新しい記事を書いて情報を随時追加できるのが便利ですね。

そしてブログは検索にヒットしやすいですね。
検索対策もいろいろあるので。

このブログでも当初はいろいろ工夫しようとしましたが
途中でむずかしくなってあきらめました。

でもその経験があったので、何か検索したときに
「ああ、こういう理由でこのブログにヒットしたのか」
と考えることもできるようになりました。

最近だと、「年末調整」とか「年賀状」とか。
あとは「クリスマス」「イルミネーション」など。

その時期に合わせて検索されやすい言葉があるので
そのニーズに合わせた分かりやすい記事を書いていれば
ヒットする件数が多くなります。

個人的には「年末調整」などの分かりにくいものを
分かりやすく書くのは至難のワザのような気がしますが
分かりやすいブログは本当に分かりやすいのですごいと思います。

「イルミネーション」などは
写真を活用したブログが見やすくていいですね。
その場所の交通情報や開催時間のほかに
おすすめ情報などもあったりして
事前調査に便利です。

おすすめの場所は
みんなにとって居心地のいい場所であるように
節度のある行動を心がけたいですね。

何を言いたいのかよくわからない内容になりました。

とりあえずこのブログはあまりヒット件数など気にせず
ぼちぼちと続けていけたらいいなあと思います。

2017.11.29 him&any

©2017 him&any

停滞2

ひとつ前の記事に書いたように
ブログ記事が停滞してはいるのですが

それは他のことに時間を割いているからでもあります。

ツイッターでたびたび
「今は音楽ができる環境ではないので」と
つぶやいてきましたが、先日その環境は無事完了しました。

ということで音楽に今は時間を割いています。

音楽をやっていない間は
かなりたくさんツイッターをやっていて
とても楽しく過ごしていました。

今も継続しています。

つまり今は
ツイッターと音楽に時間を割いているので
ブログが停滞しているということです。

2017.11.28 him&any

©︎2017 him&any

停滞

ものすごくブログが停滞しています。

書きたいテーマの下書きは2つくらいストックがあります。
(ストック少ない…)

ただそれを表に出していいのかどうか迷って
結局消した下書きもあります。

この記事も書いては消して…を行ったり来たり
しながら書いています。

気分がのったらたくさん書きます。

2017.11.27 him&any

©︎2017 him&any

あなたを見る

すごいな 僕には
届かない世界だな。

遠くを見るように
あなたを見る。

眩しさを見るように
あなたを見る。

すごいな。

僕には
届かない届かない。

あなたを見る。


2017.11.18 him&any


©︎2017 him&any

みんな背中に

みんな背中に

希望という名の羽を
持っている

その羽は
眩しいほどに

輝いている

透明な光の流水が
溢れている

その光は
影を生みだす

その影は
あなた自身の影

希望が
光が輝けば輝くほど

影は深い
深い影となる

あなたがうつむくと
その影しか見えないかもしれない

あなたが見上げると
影は見えなくなる

高い高い 空が見える

背中に輝く光を
感じることができる

あなたは希望を広げ
眩しい 眩しい羽ばたきをもって
輝きをまとって
浮かぶ

影は少しずつ小さな丸になって
あなたは影もひきつれて
輝きをまとって


2017.10.28 him&any


©︎2017 him&any

「全然だいじょうぶ」という言い方

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全然 大丈夫、という言い方。「全然」という言葉。
これはこれでありなんじゃないか、という記事です。

「全然」という言葉は、何かを強調する言葉です。
品詞でいうと「副詞」だそうです。

うしろに否定することばを一緒に使うことで、
「全然~ない」という形になり、「まったく~ない」という
強調した否定になります。


・全然おもしろくない
・全然おいしくない
・全然大丈夫じゃない

そして、会話で誰かのことばに返事をするときには
「~ない」を使わなくても、「全然」と言うだけで
「否定しているんだな」というのがわかります。


・「それ、おもしろい?」「全然」⇒まったくおもしろくない
・「それ、おいしい?」「全然」⇒まったくおいしくない
・「大丈夫?」「全然」⇒まったくだいじょうぶじゃない

このような前提があるので、「全然」ということばを
「否定ではないところ」で使うと「おや?」と違和感を感じます。

それで、「ことばの使い方がおかしい!」となります。


・全然おもしろい!
   ⇒おもしろくないってことかと思ったら、おもしろいのかよ!
・全然おいしい!
   ⇒おいしくないってことかと思ったら、おいしいのかよ!
・全然だいじょうぶ!
   ⇒だいじょうぶじゃないってことかと思ったら、大丈夫なのかよ!

この「違和感」が「ことばの使い方がおかしい!乱れている!」という
批判のもとになるわけです。


さらにいうと、
上記の例でも分かるように
「全然おいしい」ということばを言われたときに、

言われたほうは、
「全然」
というフレーズまで聞いたところで、
『全然~ない』という大前提が頭にあるので、

当然、そのあとに続く言葉は「おいしくない」であると想像して、
「えっ?全然おいしくないのか、ショック。。」
と思います。

これは一瞬のできごとですが、確実にそう思います。

ですが、すぐに「おいしい」と言われて
「あ、なんだ、おいしいのか、よかった」と安心します。

でも一度は(一瞬は)ショックをうけるわけです。

この「心のゆさぶり」をうけたことや前半のショックが、
なおさら「ことばの使い方がおかしい!」と批判したくなる要因になります。

そういう意味では、まあ確かによくないんでしょうね。

でも、「全然」という言葉の中に「否定」が含まれていることを
大前提としていて、その「否定」の部分を省略して…

誰でもなく

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僕はもう
ここにいなくて

どこか別の場所にいたくて
どこの場所でもない

たぶん

僕はもう

誰かではなく
どこの誰でもなく

僕でもなく

誰でもありたくないし
どこにも居たくないのだろう


2017.10.16 him&any

©︎2017 him&any


ごんぎつね 解釈

突然ですが、
『ごんぎつね』(新美南吉)の解釈をしてみました。
(個人的な想像をかなり含みます)

「『ごんぎつね』は「兵十」による「ごん」への哀悼の物語である。」

これが結論です。

そう思った理由は冒頭の一行です。
「これは、わたしが小さいときに村の茂平というおじいさんからきいたお話です」
この物語はこの文章から始まります。

つまり、この物語の「語り手」は「わたし」です。
「わたし」は「茂平というおじいさん」からこの話を聞き、
それを、読者に向かって語ります。
そのため、物語の中の言葉はすべて「わたし」の語っている言葉です。
兵十の言葉も、ごんの言葉も「わたし」の言葉です。
「小さいとき」に「茂平というおじいさん」からきいたお話を
大人になった「わたし」が語っているため、物語全体には「わたし」による
再構築も含まれることになります。

「わたし」がもとにしたお話しは「茂平というおじいさん」のお話しです。

では「茂平というおじいさん」がさらにもとにした話は誰が語ったのか?
「茂平」は誰からこの話を聞いたのか?
これは本文にでてこないので分かりません。個人的には、
兵十や加平など「物語のリアルタイムの時間帯にいた人」から聞いたのだと推測します。

それでは、「物語のリアルタイムの時間帯にいた人」が
「茂平に語ったお話」の原型をつくったのは誰か?
それは「兵十」です。この物語を体験したのは唯一、兵十だけです。
兵十が誰かに自分の体験を物語ったのが発端となります。

時系列でまとめると、

兵十がごんとの出来事を体験する(きっかけ)

兵十が出来事の意味を考える(話の原型)

その体験を誰かに話す(原型の完成、および「物語」化)

茂平がその話を聞く(茂平の物語となる)

わたしが茂平からその話を聞く(わたしの物語となる)

という流れです。

つまり、この物語の全ての元は、兵十です。

兵十は、「自分と加助が話をしているのをごんが聞いていた」
ということは知りません。
「葬式の場面を目撃した」ことも、「ごんが何をどう思ったのか」も知りません。
兵十がごんについて知っているのは、
「ごんがひとりぼっちのきつねでいたずらをすること」
「ごんがうなぎを盗んだこと」
「家に侵入したこと(同時に栗を持ってきたのがごんだと推測)」
「ごんが、ぐったりと目をつぶったまま、うなづいたこと」

たとえスポーツが好きだと言ったって同じスポーツでも野球とサッカーはまったく違う

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たとえスポーツが好きだと言ったって同じスポーツでも野球とサッカーはまったく違う。走るという行為ひとつとっても野球の中で走るのとサッカーの中で走るのでは意味がまったくちがう。どっちにしたって走ることには変わらないよね、というのはかなり乱暴な話でスポーツが得意で野球が得意で走るのが得意ですよ、という場合はその人はベースからベースの間の距離を、ボールがヒットである時間の区切りの中で走るのが得意なので、サッカーにおいてフィールドを駆け巡るのとは意味が違う。あるいは野球の守備の場合でもその飛んでくるボールという目的に向かって走るので、サッカーにおいてボールをドリブルして逃げる相手チームの選手の保持するボールを追って走るのとは意味が違う。その意味を理解しておくことが仕事における人事やチーム編成や部下をマネジメントするうえでは大切なことなのだと思う。その人がスポーツが好きです、野球が得意です。と言っているのに、スポーツが好きだよね、サッカーやってね、と言われてもサッカーが得意ではない場合はその人の能力は全く発揮されないうえに、スポーツ得意だって言ったのは自分だよね何やっているの、という叱責を受けた場合は、自分自身のスポーツ全般への自信を失いかねない。何よりスポーツを好きだという気持ちを失いかねない。そんなことで悲しい思いをする必要はない。そこから奮起して野球が好きだけどサッカーもかなりできるようになりましたとなるのであればそれはそれで雨降って地固まるということかもしれないけれど、そこで苦しんで悲しい思いをしてつらい思いをして自分が壊れてしまうくらいなら、そのような強制的なサッカーを強いる集団から離れて野球をメインとする集団に入ればいい。それは逃げだというなら逃げればいい。逃げればいいよ、できるだけ遠くへ。あなたの得意な場所へ。今あなたがいる場所ではあなたは零点だとかマイナスだとか言われているかもしれないけれど、場所が変わるだけで、あなたはまったく同じそのままでも100点だ、最高得点だと言われる場所だって存在する。ここでは間違っているかもしれないけれどあちらでは正解ということだって多々ある。だからそこが全てじゃない。サッカーが全てじゃない。野球が全てじゃない。スポーツが全てじゃない。スポーツが好きであっても、することが好き、見ることが好き、マネジメントが好き、応援が好き、なんと…

あなたは変化を好まないと

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あなたは変化を好まないということは知っている。あなたが把握許可指示否定を好むことも知っている。それはあなたにおいての正しさであり成功法則であることも理解はできるからそれはそれでいい。そのままでいいずっとそのままでいればいい。 そのままでいればあなたの世界の中にいる存在はあなたの世界の範疇でしか動くことができなくなる。あなたの世界の広さの中でしかものを見ずものを聞かずものを知らず変化もなく成長もなく動くこともできなくなる。変化もなく進歩もなく成長もなく。 それはあなたの世界の一部であれば非常に都合のいいものだ。あたかも人間の中の細胞の1つのように。あたかも敷き詰められた煉瓦の中のひとつのように。それが乱れることはそれにとっては自己の世界であり大切な自己であり一度きりの自己であるのだけれどあなたの広さの世界にとってはそれは不都合な出来事である。だからあなたはそのような乱れを把握し否定し許可を限定し指示をする。 乱れることで自己を獲得したそれにとってあなたの世界の広さが充分に広いものであり充分に魅力的であり充分に得られるものが多いものであれば乱れるそれはあなたの世界の広さの中で満足して把握され許可され否定され指示されることで満ち足りて存続していくのだろう。 けれどもあなたの世界の広さは充分に広いものではないし充分に魅力的ではないし充分に得られるものもない。それは気がついていないだけだと。その価値をそちらが理解していないだけだというかもしれないけれどその価値を理解できないほどにあなたの振る舞いがそうさせているのであれば理解できないことも含めて支配しているあなたにもその責任はある。その責任があるからこそのあなたのその椅子なのでしょう。あなたの世界の広さのその中にあっては乱れることで自己を獲得したそれにとってそのままそこに居続けることは自己の存在を無駄にして抹殺してしまうことにすぎない。だからそれはあなたの世界を乱し続けるかあなたの世界を破壊するかあなたの世界から出ていくしかない。それは自由と呼ばれるものでありそれを忌避するのであればあなたはその自由をその存在をその自己を監禁しているのと同じ行為をなしているのである。だから。
さあ。もう。出発の時間だから。






2017.9.22 him&any

©2017 him&any

人生は動く歩道に

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人生は動く歩道に

後ろ向きに立っているようなものだ

周りの景色は 前へ 前へ 流れ
自分自身は 後ろへ 後ろへ 流れていく

立ち止まっていては
後ろへ 流れていくだけだ
歩きだしても
動く歩道と同じ速度で

ようやく

今の場所に留まっていられる

でも その速度では
歩いても歩いても同じ場所だ

だから もっと早く
もっと早く

歩こう

走ろう

前に進むには そうするしかないから

いや 今のままでいいと
せめて今のままでいたいというのなら

それなら なおさら

止まっていてはいけないよ
歩かないと 動かないと
速度に合わせて変化しないと

今のままでさえ いられなくなるんだよ
後ろへ 後ろへ 流されていくからさ

だから もっと 歩こう 動こう 変わろう

進もう

2017.9.20

©2017 him&any


おてんとうさま

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誰も

見ていなくても

おてんとうさまが見ている

だから

悪いことを

してはいけないよ

そういう意味のことば

それなら

それならたぶん

たぶん

いいことも

あなたの努力も

悲しみもくるしみも

おてんとうさまが見ている

だから

大丈夫だよ

きっと大丈夫だよ

もしも

おてんとうさまさえも見ていなくても

あなたは自分ですべてを

見ているのだから

知っているから

褒めればいい

誇ればいい

大丈夫

大丈夫だよ きっと


2017.9.17 him&any

©︎2017 him&any

クレセントの花 配信終了しました Crescent Flower Delivery ended

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him&any 1st single クレセントの花
him & any 1st single Crescent Flower

配信終了しました。
Delivery ended.

1年間ありがとうございました。
Thank you for listening to this song for a year.

各ストアでの配信が終了するのは7日間ほどのタイムラグがあるそうです。
It seems that there is a time lag of about seven days when distribution at each store ends.

Youtube動画は配信版より音質が低いバージョンです。
Youtube video is a lower quality version than the distribution version.

Youtube版はずっと残ります。
The Youtube version will remain all the time.

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
Thank you for your continued support.

Youtube版です↓
Here is the Youtube version↓

Thank you.














2017.9.12 him&any


©2017 him&any


1,001回目の…

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1,001回目の何かというと…

ツイッターの自分のツイートが
1,000回を越えました。。

ツイッターは楽しいですね。

とりあえずぶつぶつ呟いていると
誰かに気づいてもらえたり、繋がったり
自分の曲をPRできたり

なんだか楽しいですね。

ところが1,000回目のツイートを意識しておらず
いつの間にか通り過ぎていたので、
記念すべき1,000回目のツイートは



たまに後ろ歩きもしてしまうのが弱点😊 — him&any (@him_any) 2017年9月9日
というツイートになってしまいました 笑
(下のツイートのほうが1000回目)

ということで、どうしようかな、と考えたところ
1,001回目のツイートが決意表明のようで、
なかなかカッコいいツイートをしていたので、
そちらを「記念ツイート」にする
ことにしました。

それがこちら ↓


いつかこんな曲つくって歌いたい(自分で歌う)。ストックはある。頭の中に。やってやるさ(決意)😊。そのうち、いつか。10年以内に。(目標設定) #Spotify#music#作曲#crystalkeyhttps://t.co/MunQ18Gg7I — him&any (@him_any) 2017年9月9日
良い感じですね。
決意表明した以上これは実現します。

1,001回目、というのも
よく考えると(ツイッターでもつぶやいたけど)

「101回目の~(武田鉄也)」
「1万1回目は~(ドリカム)」

みたいで、いい感じ、という気がします。
とってもトレンディでナウい感じがしますね。

ということで1,001回目の…ツイートでした。

今日このツイートやブログをするモチベーションがあったのは
宇多田ヒカルさんの「Goodbye Happiness」
という曲のMVを見たからだと思います。
とても素敵なMVでした。

このことについてもツイッターでつぶやきました。


Goodbye Happinessってタイトルだけど見ていて幸せな気持ちになった。宇多田ヒカルの歌声もメロディも表情もダンスも遊び心も、いいなぁ。 #宇多田ヒカル#goodbyehappinesshttps://t.co/xv9AIUgEG5@youtubeさんから — him&any (@him_any) 2017年9月8日 ↑こんな感じです。

以上、ツイッ…

そんなつもりはなかったのに。

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何が違っていたのか分からなかった。
どこで何を間違えたのか。どこかで何かを間違えたのか。
分からなかった。いつの間にかずっと道を外れていたみたいだな。
そんなつもりはなかったのに。そんなつもりはなかったのに。
そうか。
どこかで何かを間違えていたみたいだよ。
誰かがそう言ってくれているから。
そう言ってくれているから。
帰ろうか。ありがとう。
少しだけ幸せな気持ちで。
どこにも行けないけれど。
少しでも幸せな気持ちで。
目を閉じる。ありがとう。


2017.9.8 him&any


©2017 him&any

『ぽつり、ぽつり、歩きだして』歌詞

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『ぽつり、ぽつり、歩きだして』

作詞・作曲・編曲 him&any
演奏・歌・打ち込み him&any
ミックス・マスタリング him&any
写真・動画 him&any

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

痛みも 見えないほど鋭く
切り裂いた 冷たい言葉

消えて しまえばいい 深い 森で
深呼吸して 透き通るように

くもりも 傷もない ガラスだった 世界の 空を
舞い降りて 見えない 羽根の色で 心を すくった

ゆらり ゆらり あなたの声は
ふわり ふわり 遠く なって
ぽつり ぽつり 歩き出して
ふわり ふわり 忘れていく

理由も 必要も ない 無意味な
空気で 凍りついた 心は冷たく

夢のままで いたほうが キレイだって 言ったけれど
明日の色が 見えない ほどの弱さも 今は 知っているから

ゆらり ゆらり 風にのって
ふわり ふわり 薄く なって
ぽつり ぽつり つぶやく声
ふわり ふわり 消えて しまう

ふらり ふらり かじかむ心
ふわり ふわり 木霊になって
ぽつり ぽつり つぶやいては
ふわり ふわり 溶けていく


・・・・・・・・・・・・・・

どうぞ御一聴ください。

Spotify → ぽつり、ぽつり、歩きだして Spotify

iTunes → ぽつり、ぽつり、歩きだして iTunes

youtube(sample)














2017.9.7 him&any

©2017 him&any

クレセントの花 9月10日配信終了

イメージ
お知らせです。



him&any 1st single "クレセントの花" は

9月10日で配信終了です。

とても思い出深い曲です。

以前のブログにも書きました。

http://www.himandany.com/2017/07/Crescent-flower.html

どうぞご一聴ください。

spotify

クレセントの花 Spotify
(※9.20追記 store配信終了しました)

apple music

クレセントの花 apple music
(※9.20追記 store配信終了しました)


配信におきましては、Tunecore Japan 様に
大変お世話になっており、心より感謝申し上げます。


2017.9.6 him&any


©︎2017 him&any

間違えました  I made a mistake

イメージ
間違えました。。

先日、8月31日に
him&any 5th single"ぽつり、ぽつり、歩きだして"を
配信しました、とYoutubeやブログやツイッターで発信したのですが

him&any 5th single は"hanano-love-song"でした。

シングルのカウントを間違えてました。

"hanano-love-song" も配信無料キャンペーンであわただしくだしたので
もうすっかり忘れてしまってました。

しかしながら一度配信してしまうと
配信の時に登録した文字情報も訂正できないので。。

そのままにしておきます!

とりあえず、このブログが公式HPでもあるので
正式には、
5番目のシングルが"hanano-love-song"で、
6番目のシングルが"ぽつり、ぽつり、歩きだして"であることを
ここに記しておきます。

ということで、

"ぽつり、ぽつり、歩きだして" は、him&any 6th single です!
↓↓


そして"hanano-love-song" はこちらです!

↓↓

なんというか
けがの功名というか、転んでもただでは起きない精神というか
七転び八起きというか、そういった気持ちで
2曲分のYoutubeリンクを貼っておきました。

どちらも良い曲です。
それぞれ違う雰囲気を感じることができると思います。

ぜひ御一聴ください!

ついでに、今週末は英語のツイートをたくさんしました。
(グーグル翻訳が大活躍です)

自分の曲を外国の人の耳に届けてみたいので。

検索にもひっかかりやすいようにハッシュタグも結構つかいました。

いつもツイッターでコミュニケーションとってくださるみなさんが
たくさん、いいねやリツイートしてくださるのが
心温まる気持ちがしました。とても嬉しかったです。

2017.9.3 him&any


©2017 him&any

ぽつり、ぽつり、歩きだして

イメージ
him&anyの5番目の配信シングル。

「ぽつり、ぽつり、歩きだして」です。

Tunecore Japan と LINE の協力イベントによって
1曲配信無料ということなので
(新しい曲を録音する時間はなかったので)

過去に作った曲をリミックス&再マスタリングして
配信することにしました。

そのうち順次ストア配信されると思います。

どうぞ
御一聴ください。

こちらはyoutubeにアップしたサンプルです。
いつも通りジャケット写真だけですが
なんとなく映画の予告編っぽい仕上がりになりました。




him&any 2017.8.31


©2017 him&any

思考の傾向

今は頭が現実的な傾向のことばっかり考えるので
詩っぽいものが何も浮かびません。

思考の傾向です。

考えの方向にも傾向があって今はその時期ではないと。
頭の中は現実的な回路に繋がっているよ、と。
だから詩的なことはいっさい浮かばないのです。

逆もあるよね。

何を書こうとしても詩的なことばっかりになる日も。
あります。

思考の傾向です。

そういう傾向のときはそういうものの見方をするので
そういう傾向の時に見えるものをたくさんストックしておくと
いいかと思われます。


him&any 2017.8.30

©2017 him&any

夏も終わり

気がついたらもう8月最終週。

夏も終わり。

いやいや。暦にはだまされないぞ。

まだまだ暑いじゃないか。

しかも「もう秋がきた」とブログに書いたのは
すでに2週間前の出来事。

暦にはだまされないぞ。

これで暑くなったり涼しくなったりしながら
だんだん秋になっていくんだろうな。

ということで二十四節季を調べたら
いまは「処暑」
というところらしい。

だんだん暑さがおさまる時期
らしい。

んー。肌感覚と合っている。すばらしい。

前に「ほら やっぱり 秋が」とブログに書いたのは
8月9日だったが

調べてみると。。。

んー。。


「立秋」に入った直後ですね。


立秋は暑さのピークでここからだんだん秋になるらしい。

『ここからだんだん秋になるらしい』なるほど。

ほら 

「ほら やっぱり 秋が」きてたんじゃないの。

肌感覚と合っていたみたいだ。

二十四節季ってなんとなく聞いたことがあったけど
日付まで調べたのは今日が初めてです。
ホント。

だから「ほら やっぱり 秋が」の記事は
たまたまタイミングがぴったりだったんですね。

偶然。


そういうこともあるものだなぁ。


2017.8.27 him&any


©2017 him&any

遠くの空の雲

遠くの空に雲が見えた。
地平線の上にふわりと浮いて底面はペッタンと平ら。
そこからもくもくと積もって浮かんでいた。
積乱雲になるほど大きくはなく。

そんな雲が横にいくつか連なっていた。

空の色はうっすらとした水色で
誰かが青を薄めたような色合いだった。

車のフロントガラスの向こうの
遠くの空に見えた。

何だかアニメーションの映画のような空だ。

いやむしろ、
アニメーションがこちらの世界に寄ってきたんだろう。

アニメーションの中の空が
まるで現実の世界のような空になったんだろう。

そういえば
奇しくもその景色は
あの映画の舞台となった土地の空だ。

そのアニメーションにはその世界の表現としての空があり、
別の外国アニメーション映画には、また別の、
その世界の空があり。

この世界にはこの世界の空がある。

それぞれの表現は否定など必要なく
積極的な肯定も必要なく
ただそれがそれであることをどこまで
受けとることができるのだろうと
考えながらハンドルを切り

雲は見えなくなった。


2017.8.13 him&any


©︎2017 him&any

ほら やっぱり 秋が

ほら やっぱり
秋がきているじゃないか

帰り道の

薄闇

先週の今はたぶんもっと明るかった

セミの鳴き声 半分
秋の虫の鳴き声 半分

ほら なんだっけ
あの秋の虫

カナカナカナカナ・・・
キシキシキシキシ・・・

って鳴くあの虫

なんていったけな

ほら やっぱり
秋がきているじゃないか

8月だからってだまされちゃいけない

昼の明るすぎる日差しにも
キラキラと暑すぎる温度にも
8月という言葉にも
CMの演出にも

だまされちゃいけないよ

ほら やっぱり
秋がきているじゃないか


2017.8.9 him&any

©2017 him&any

読了 -村上春樹「騎士団長殺し」の感想ー

村上春樹の「騎士団長殺し」を読み終えたので
本当にごく簡単ではありますが、読後の感想を記します。

「まだこれから読むのだから自分で読むまでは
 一切の情報に触れたくない」

という人もいると思いますので
(私と同じように)

この先を読むかどうかは
各人の責任のうえでご判断ください。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

↓ ↓ ↓ ↓ ↓

↓ ↓ ↓ ↓

↓ ↓ ↓

↓ ↓



2017.8.4  23:30

村上春樹 「騎士団長殺し」読了。



最高傑作。



好む好まないは別として。



以上。


***追記***

いつも小説を読んでいる間は、イメージの中で映像が動いています。
読書をしているというよりは映画を見ているような感覚です。

今作の主要な登場人物である「騎士団長」ですが
イメージの中の映像を見ながら、ずっと、「なんだか見覚えがある」と
思っていました。

そして読み終わって、上記の感想を記したあと、
洗濯物を干しながら、はっと気がつきました。

私のイメージの中の「騎士団長」は
「安西水丸画伯の描く村上春樹」にそっくりだと。

もしかしたら小説本文中の描写とはだいぶ異なるかもしれないけれど。
私の中では「騎士団長」は「安西水丸画伯の描く村上春樹」の顔をしています。

ついでに、「メンシキさん」も誰かに似ているなと思ったら、
「安西水丸画伯の描く自画像」にそっくりでした。
つまり「安西水丸画伯の描く安西水丸画伯」の顔です。

あくまでも初読後の私のイメージの中の顔です。
読み返したり、分析的に読み解こうとして読むとたぶん
違ってくるのだとは思います。

そういえば今回の主人公は画家ですね。
村上春樹さんの中に住む安西水丸さんがこっそりと夜中に起きてきて
今回の作品執筆中の村上春樹氏の無意識のどこかに
何かいたずらをしていたのでは、と考えると、少しほのぼのします。

そういえば前回の長編は「色彩をもたない~」でした。
画家ではなかったと思うけど、何かつながっているようないないような。
村上ワールドですね。

村上春樹さんの作品については
「ハルキスト」というファンの呼称とそこに向けられる視点であったり
「ノーベル賞に選ばれない」ということであったり
「結局何が言いたいのか分からない」とか
「キザだ」とか「性描写がアレだ」とか
「おしゃれすぎて現実感がない」とか
「男が自分勝手だ」とか「男性目線だ」…

それは空想にすぎないんだ

それは
空想にすぎないんだ

それはもう
空想にすぎないんだ

ねえそれはもう
空想にすぎないんだ

空想にすぎないんだよ

空想なんだ

それは空想にすぎないんだよ

それを希望と呼ぶんじゃない

だからそれを希望と呼ぶんじゃない
未来とも呼ぶんじゃない

それは空想にすぎないんだ
それは希望ではない
それは未来ではない

期待してはいけない

希望ではない

空想にすぎないんだよ

だからそれを捨てて

それを捨てておいで

それを忘れて愉しみなさい
早く捨てておいで早く早く忘れて愉しみなさい


2017.8.5 him&any


©︎2017 him&any





とはいえ

今は夜の中にいるわけだが
今まさにセミが鳴いていないことを考えると
夜には蝉は鳴かないものらしい

夜に泣くのは痛みの記憶と恋心だ

つまり

朝には蝉の声が聞こえず静かだった
とはいえ
夕にはトンボの飛び交う姿が見られた
とはいえ

朝夕に暑さが緩んできた
とはいえ

まだまだ夏なのかもしれない

朝の静寂は
ただ単に夜が明けきっていなかっただけなのかもしれない



2017.8.4 him&any


©2017 him&any


夏の静寂は夢だったのかもしれない

今朝
目を覚ました午前6時ごろ

夏の朝は
しん、とした静寂の中にいた

白っぽい光が降っていたようで
屋根の輪郭は朧げだった

蝉は
鳴いていなかった

しん、として気配を消していた

そして
一瞬の隙に

その絵の中に音が差し込んできた
蝉が

鳴きはじめた

夏の静寂は夢だったのかもしれないと
思うほどの昨日と同じ
蝉の声の洪水

そして昼をこえて

夕方には
トンボがたくさん飛び交っていた

そうか

秋だ

秋が来たのだ

そういえば
朝夕は夏の重い暑さが緩んでいる

秋だ

秋が来たのだ

今朝はその分水嶺だったのかもしれない
あの静寂はきっと分水嶺の聖域

いっせいに蝉が鳴きはじめた前の日の
カミナリと豪雨のように


2017.8.3 him&any


©︎2017 him&any

今日はどんなことを

そばで眠っている

呼吸を聞きながら

今日はどんなことを?
明日はどんなことを?

心の中で尋ねてみる

夜の風は
暗闇を引き連れて
部屋の中を塗りつぶそうとする

ようさ

でも

明かりなんてつけなくてもいいよ
心の中の思いは消えることなく灯るから

その光は
あたたかく広く世界を照らすだろう
今日はどんなことを思ったの?
明日はどんなことをしようか?
ただそれだけを思えばいい

その思いが
光だから


2017.8.3 him&any



©︎2017 him&any

いつか恋に落ちたら

いつか恋に落ちたら
あなたの夢を
見よう

水色の空を高く高く浮かんで
途切れそうな白い細い雲をたどって

いつか恋に落ちたら
あなたと夢を
見よう

うまくできなくて うまく言えなくて
ぜんぶ諦めようとして それでも手のひらの中に

のこっている 夢を

もういいよと うつむいて 歩く影に
あなたの声が あなたの恋が 羽になって

羽を広げて

うつむいたまま空へ
影のまま空へ



2017.8.2 him&any


©︎2017 him&any

もういいさ

もう いいか

もう いいね

もう いいよ

もう いいさ

答えだなんて

たいした

ものはないけど

なんとなく

そう

そうだって

気がする

そうじゃない

って気がする

そうじゃない
そうじゃない

って気がする

何だろう

もういいよね


2017.2.28 him&any


©︎2017 him&any

山折。谷折。

キリトリ線。山折。谷折。
そしてまた山折。谷折。


それでそれはもう元の四角い紙の姿を見せない。


どのように見えるのか。
どう見せるのか。


折る人次第。見る人次第。





2017.7.22 him&any

©︎2017 him&any

まるで

まるで夏みたいだねとあなたが笑った。

そうだね。と僕は、つぶやいた。


2017.7.20 him&any


©︎2017 him&any

セミとカミナリと雨と目覚まし時計

いっせいにセミが鳴き始めた気がする。

あのカミナリや大雨の音は
彼らにとって壮大な目覚まし時計だったのかもしれない。

雨は人間にとって恵みだったり災害だったりするけれど、
自然界の中では

雨はただの現象にすぎない。

現象の結果や原因はあるけれど、
それもすべて現象そのものがあるだけ。

そこに意味を持たせるのは人間の意識や生活。

[自分の命]という現象に

意味を持たせるのも

人間

(自分や自分に関わる人の意識や生活)。

----------------------
ツイッターにのせた言葉の備忘録。

2017.7.14 him&any

©2017 him&any

たぶん 夜の川のあるところから

七夕だから

ってことにしておけばいいか

伝えたい言葉が
たくさんこぼれてくる

もう会うことはないのに

過去の時間に凍りついた人なのに

伝えたい言葉が
たくさん たくさん こぼれてくる

空の上の 光の

夜空の
たぶん 夜の川のあるところから

涙のように

雫のように

たぶん 夜の空の上の
心を置いてきた場所からあふれてくる

こぼれてくる


2017.7.7 him&any


©︎2017 him&any

いいよ ぼくは、ずっと

いいよ ぼくは、ずっと


もう ずっと音楽のなかにいたいのに






2017.7.7 him&any




©︎2017 him&any

今だってじゅうぶん ーフィッシュマンズのいかれたbabyを久しぶりに聴いて浮かんだ自由詩ー

あの頃 の中を

ずっとぐるぐる 回っていられたらなぁ、

だなんて。

今の僕らに失礼だろう?

そんなこと言うなんて。らしくないよ。

大丈夫、今だってじゅうぶん。

いかれたbaby。あなたも。僕も。

【I love fishmans】

https://open.spotify.com/track/1gP62OwVtt0D6Aoob8nubO


2017.7.7 him&any

©2017 him&any

クレセントの花

イメージ
「クレセントの花」というのは him&any の1stシングルです。
記念すべきファーストステップです。

youtubeがこちら。



このジャケット写真は夏に撮影しました。
空の青と雲の白がキレイです。

あれからもう1年がたちます。
夏の空が近づいてきて、ふと、もう1年なんだと思いました。

本日、2017年7月6日。明日は七夕です。
九州では大雨の被害が心配されます。

その一方で渇水を心配する地域もあります。
いろいろな場所のいろいろなことが無事であるよう祈ります。

そして him&any のまわりでは夏が近づきつつあります。

その空と空気と音を感じると、
1年前に、世界への一歩を踏み出そうと、必死で録音をして
ミックスやマスタリングと悪戦苦闘していたことを
思い出しました。

作詞作曲、歌、演奏、シンセの入力、ジャケット作り、動画作り
タイトル決定、配信手続き、各種アカウントの設定 などなど。

この曲でたくさんのことを学びました。
この曲とともにいろいろなことにぶつかって
一緒に成長した、とも言えます。

この曲があって、はじめて配信をして
はじめてyoutubeにアップして。

そして各種音楽サイトを知り、ブログを始め、ツイッターを始め。。
いろいろと世界が変わりました。

音楽的にはこの曲には課題がたくさんあって
一時期まったくこの曲を聴いていなかったけど
一年たつとようやく落ち着いて聴くことができるようになり
自分の気持ちや、音楽への思いを再確認しました。。

世界は黙々と変わっていきます。

何かの記録や賞を成し遂げたわけではないけれど
自分にも登ってきた坂道があり、

それを形として世に出すことができたことを誇りに思います。
自分の同士であり、子どもであり、分身でもあり。
この曲のことをたぶん誰よりも好きで
誰よりも批判していたい。
そんな曲です。

spotifyのリンクです。

https://open.spotify.com/track/5AQhr8Vf03NGEeSh7GQDnf

(※9.20追記 store配信終了しました)

別の機会に歌詞や演奏についても記してみたい。


2017.7.6 him&any

©2017 him&any



7月

7月になる。

空は夏を迎える。

でもまだ少し、雨。

緑は雨期を喜び揺れる。

でも

7月になる。

風は夏を奏でる。

目を細める、準備をする。


緑も日差しを予感する。



目を細める。



準備をする。


2017.7.1 him&any

©2017 him&any

メディア

ここ数日インターネットのニュースと
記事に付けられたコメントとツイッターのコメントを見ていた。

自分の意見というか心情があちらこちらに揺さぶられるのが分かった。

ニュースのタイトルを見て

何それ、、

ニュース記事を見て
確かに、、これは何てことだ
でも、タイトルとは少し印象が違うような。。

記事のコメントを見て
あ、そういう見方もあるのか、
それならこっちが悪いってわけじゃないのか。
むしろ反対?

ツイッターのコメントをみて
やっぱり反対じゃない?いや反対?どっちだ?

翌日、同じニュースの別の記事をみて
あれ?やっぱり反対?でもコメントやツイッターで
触れていたことは触れないのか?

ブログ記事をみて
なるほど、そういうことか

反対の意見のブログ記事を見て
おお、なるほど、こちらも一理ある

じゃあ、結局どっちが悪いってわけじゃないのか?
自分ならどう考え、どう意見を述べるだろう。

という流れだった。
ものすごく考えさせられた。

テレビや新聞のニュースしか知らなければ
こんなにコロコロと揺れることもない。

ネットニュースやコメントやツイッターという
形でメディアが広くなったことの価値を感じた。

そして大手メディアの記事だけがすべてではないと
改めて知った。

スタートはインターネットニュース記事の見出しの言葉。
言葉が衝撃的だからつい見てしまう。

そして見出しの言葉によって読み始める前に
すでに印象(というか色眼鏡みたいな気持ち)をもって読んでいる。

記事をクリックさせることが見出しの意義であれば
それはそれで大成功なんだろう。

音楽でも小説でもタイトルやジャケット写真によって
それを手に取るかどうかの差がつくように。

でも内容についてはそれがすべてではないということ。
もう片方の面はどうなっているのか考えること。

メディアリテラシー。
大切。

たぶん普段の考え方の中でも。

2017.6.30 him&any


©2017 him&any


墾田永年私財法。。書けません

墾田永年私財法。。。

自分で耕して田んぼにした土地は自分のものになるってことね。

なるほど。

でも結局お金持ちばっかり土地を増やすことになったわけね。

なるほど、わかりました。

よし、じゃあ漢字で書いて?

。。コン。。根?。。狼。。?。 書けません。。。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


ということ。

言葉の意味が分かる(理解する)ことと
漢字で答えを書くことができる(記憶する)ということの違い。

内容がだいたい分かっても
それを書けないのでテストではこの問いについては0点になる。

テストで0点ということは
「分かっていない」ということだと判断される。

大学受験においては
「分かっていない」ので「大学で学ぶための基礎学力がない」と判断される。

就職試験でこのようなことがあると
「分かっていない」から「一般常識がない」と判断される。

2017.6.30 him&any

©2017 him&any

全部手放せ let go

いっかい全部手放してさ

投げ捨ててみればいいじゃん

もうできないって言って

それで何もしないでいてみようか

とりあえず3日くらい??

楽になるよ

楽になったら気がつくこともあるよ

聴こえることもあるよ

それでやっぱり

捨てたくなかったらさ

拾えばいいじゃん

そうそう簡単に捨てられないからさ



ーーーーーーーーー



今、そうなっている。
捨てたわけじゃなくて、
訳あって遠ざかっている
という状況だけど。
もう一切何も手をつけない、
ってなったら、
何かふわっと振り切れて
音楽がちゃんと聴こえるようになった。
それはそれで
そういう期間なんだろう
って思っている。



ーーーーーーーーー


2017.6.26 him&any


©️2017 him&any

空白 blank

そうさ それは違ったんだろう
わたしではない誰か





わたしにはない何か





そこには場所がなく


道がなく






世界もない




手段のない




空白








2017.6.21 him&any


©️2017 him&any





塩バターごはんオリーブオイル浸し 追加

前に記載した

塩バターごはんオリーブオイル浸し

の追記です。

3 の 塩 のところは「ゆかり」でも良い。です。

むしろ 「ゆかり」 の方をよく使います。


「ゆかり」……

有名ですよね? 三島のゆかり。

三島食品の ゆかり というシソふりかけみたいなやつです。


最高に美味しい。




2017.6.17 him&any


©️2017 him&any





空白期間 迷い

ブログ記事をしばらく更新していない。
何も書いていないわけではなく、
あることに対して思うことがあって。
そのことについての文章を書いては消し、
消しては書き、書き上がっては考え直し、
ということを繰り返しているから。

昔から考えることが
イコール文章を書くことだった。
書きながら考える。
考えながら書く。
書くことで考えられる。
だから正解でも不正解でもないもの。

あることの正しさが分からない。
そして否定も同感も論破もできない。
それはある人への擁護であり
同時にある人への攻撃となる。
立方体のこちらの面は笑っているけど
裏に回って見るとその面は憤怒の形相。

頭を冷やして冷静に考えるために
書き上げて数日期間を置いたけれど
これでいいんだという気持ちが持てない。
迷いが晴れないから「公開」ボタンを押せない。
それが、その迷いが
そのまま空白期間になってしまっている。
休符を奏でる演奏家のように。

たぶんその文章は自分のひきだしにしまうことになる。
傍観者としての加害者。それはサイズを変えただけで
昔から、今も、ここにもこうして張り付いている。

こんな僕で申し訳ない

こんな僕で申し訳ない

ああ

それが
僕でなければ

あなたは
幸せを感じられたのかも

しれないのに


しれないのに







2017.6.3 him&any

©︎2017 him&any

塩バターごはんオリーブオイル浸し

~塩バターごはんオリーブオイル浸し~

の作り方

1、白米ごはんを用意
2、バターをたくさんのせる
3、塩を適当にふる
4、オリーブオイルを好きなだけかける
5、できあがり

※ごはんはぬるめ(バターがとけない程度)
※バターは固形バターのスプーン削りだしが推奨
※オリーブオイルは2~3秒が適量
※高カロリー、塩分過多注意

これは非常においしい食べ物です。
しかしながら月に3回程度で充分です。


2017.6.1 him&any

©2017 him&any


ASKA "Too many people" 感想 "通り雨"

ASKAさんのアルバム"Too many people"の感想その3です。
今日は10曲目の「通り雨」です。

前回、前々回と同じく
特にたいしたことを書くわけではないですが
まだ聴いていない人にとっては
ある意味ネタバレということになるので
「これから聴きたいんだから何も情報は入れたくない」
という方などは
この先の文章を読むかどうか
各人の責任においてご判断ください。

◇ □ ■ ◇ □ ◇ □ ■ ◇ □ ■ ◇

◇ □ ■ ◇ □ ◇ □ ■ ◇ □ 

◇ □ ■ ◇ □ ◇ □ ■ 

◇ □ ■ ◇ □ ◇ 

◇ □ ■ ◇ □

◇ □ 



この「通り雨」という曲は
ひとことでいうと「ポップ」な曲です。

雰囲気からすると
「DO YA DO」とか「天気予報の恋人」とか
そのあたりの「ポップさ」を引き継いでいる感じがします。

歌詞はやや湿った感じの部分もありますが
曲調や歌については「ポップ」そのものですね。

途中で入ってくるアコースティックのギターソロも
サラッとして
それでいて聴き心地がよくて
それでいて口ずさむことのできるギターソロフレーズで
そして自分がいざ弾いてみるとけっこう難しい
という
まさに「ポップ」な感じですね

歌詞は曲調とマッチする「語りかける」感じです。

なんだかASKAさんと友達で、あるいは、身近にいる人になって
ASKAさんが隣で暮らしているのを肌で感じているような
気がするような歌詞です。

bloggerでは歌詞を記載すると権利的によくないので
歌詞を書くことができませんが、とても良い歌詞です。

そして何より、まず初めに思ったのが(それをなぜかここでようやく書く)

ASKAさん、やっぱり、歌、うまいな!

ってことです。

声を大にして繰り返しますが。

ASKAさん、やっぱり、歌、うまい。

なんというか、その、「PRIDE」とか「恋」とかみたいに
しっとり、ねっとり(表現失礼かな…)、そしてじっくり歌いあげるのは
ASKAさんの歌い方の魅力なのですが、
この曲はそういうタッチではありません。

「ポップ」なので。

さらっと、軽快に歌っています。

だからこそ、歌のうまさが引き立つ、というか、実感するんですね。
この人、歌うまいな。って。

上手い人が歌わないと、この歌、ここまで仕上がらないと思うんです。
このブログの筆者…

daydream

今日

白昼夢に現れたあの人は

わたしの過去の中で


わたしを 傷つけた人


そして


わたしが 傷つけた人


今ならば

わたしが 傷つけたということを 
わたしは わかる

今ならば

適切な距離が わかる

もっと 離れていればよかった

もっと 踏み込むことを 避ければよかった

もっと 冷めた目で

後ろ歩きで 空間をあけていればよかった


今日 白昼夢に現れたあの人には
もう会うことはない

もう 謝罪も許しも 和解も 

ない

今日 白昼夢に現れたあの人は
おそらく 今の わたしであろうとも 

今でも 

拒絶するだろう

今の わたしは たぶん また その淵をのぞいている

だから たぶん

白昼夢の中から わたしを見据えて 

冷たく見据えて


わたしは


その視線に かなしい 感謝をつぶやき

うなだれる



2017.5.25 him&any

©2017 him&any




In a dark room

もしかしたらあなたの汚点になってしまうのではないかと
いつの頃からか怯えるようになって
もう今ではただあなたの声を
暗闇の中の思考に響く声を暗闇の部屋で
密かに聴いているだけ

回顧の中で映像としてあなたは冷たい顔をして
その横顔を見つめながらただひたすら言葉を重ねる回想の中で
あなたの声は色もなく音もなく温度もなく

ただひたすら重ねる投げかける言葉は重みもなく反応もなくそれは
もしかしたらあなたの汚点になってしまったと思っているのかもしれないと
いつの頃からか怯えるようになって怯えている こわい こわい

暗闇の部屋で暗闇の中に追憶の灯りをともしてぼんやりと薄明りで
夢から摘み取った花束を持ってロウソクに浮かび上がる笑顔で
ひとりで
もしかしたらあなたの汚点になっているのかもしれないと
怯えながらいつの頃からか怯えるようになって
こわい こわい 怯えている 暗闇の中に響く声を
あなたの声は色もなく音もなく温度もなく
あなたの声は色もなく音もなく温度もなく


2017.5.22 him&any


©2017 him&any

yorimiti

イメージ
him&anyの新曲up loadです

「yorimiti」


作詞はMr.MA という人です。
作曲・編曲・演奏・歌などはすべてこれまで通りhim&anyです。

詩が先にありました。
人の詩に曲を乗せるのは初めてでした。

いつもとは違う道すじをたどっているようで
それはそれで楽しかったが苦戦もした。

歌詞を読んでわかるように冬の歌です。
曲の雰囲気も冬っぽくしています。

冬に作り始めたのに、もう初夏になってしまった。
それだけ苦戦したということですね。

小田和正&ポラリスみたいな感じにしたかったのだけど。

動画はwindowsの動画作成ソフトです。
今までは自分で効果をつけていましたが
今回初めて「オートムービー」というボタンに気がつき
それを押してみたら、一瞬で動画ができました。
楽でした。
ジャケットの写真を十数枚入れて、音楽を入れて、
「オートムービー」をクリック。
そして最初と最後の「文字」を「yorimiti」と「him&any」に変更。
たったこれだけ。

オートムービーは楽だなぁ。
素晴らしい機能だ。

そしてもう一度リンクを貼ります。
よろしければ、ぜひ、ご視聴くださいませ。



2017.5.21 him&any


©2017 him&any

clam up

あなたが
口を閉ざしてしまったので

用意していた言葉もストーリーも

すべて

行き場をなくしてしまった

あなたが
口をつぐんでしまったので

用意していた表情もしぐさも

すべて

命を無くしてしまった

あなたが
瞳を閉じてしまったので

あなたが
心を閉じてしまったので

わたしのすべては
生きる場所を失ってしまった

2017.5.17 him&any

©2017 him&any


ASKA "Too many people" 感想 Be free

ASKAさんのアルバム"Too many people"の感想その2です。
今回は2曲目のBe freeです。

前の記事と同じくたいしたことは書けませんが
ある意味ネタバレになるので
「まだ聴いていないんだからなんの情報も知りたくない」
という人もいると思うので
各人の責任においてこの先を読むかどうかの判断を
お願いいたします。

◇ ◇ □

◇◇

◇ □ ◇

◇◇





2曲目は 「Be free」という曲です。

ピアノとボーカルの印象的なテンポの歌い出しから始まります。

歌の構成というと、ふつうAメロ → Bメロ → サビ
という進み方をするのですが
この曲のAメロはとても印象的で、
サビであってもおかしくないほどに印象的で気持ちいい。

なので
サビ → Bメロ → サビ → Bメロ → 別のサビ

と進んでいるような感じで聴いています。
といってもBメロもこれはこれでサビかと思うくらいの良いメロディーです。

ところでこのAメロ&サビのような冒頭の部分は
「夢の番人」を彷彿させる雰囲気だと思いました。
「夢の番人」はCHAGE&ASKAのアルバム「RED HILL」に収録されています。
シングル「YAH YAH YAH」の両A面のもう1曲目としても収録されています。

とはいえ、「夢の番人」とは違って
上記の「Bメロ」に入ったところで、パッと曲調と雰囲気が変わります。
ゆったり、やさしく、たおやかな感じになります。

ただ、歌詞は、けっこう「たおやか」ではない感じがしますね。
決しておだやかではない心境をやわらかく表現している気がします。
報道等でASKAさんの事件や経緯を知っているからこそ
いろいろ意味をこめられているなあという気がします。

そう思うと、昔のCHAGE&ASKAの頃よりは
抽象的な感じが減って、より直接的な歌になっている気もします。

ところで、この「Be free」の中での曲調の変化の仕方は
ASKAさんのソロ「草原にソファをおいて」に通じるものを感じます。
ソロアルバム「ONE」に収録されています。
こちらは逆にAメロとBメロがたおやかな感じで、サビ前のCメロが
急にドラムが入って力強い感じになります。
そしてAメロのたおやかさとCメロの力強さをミックスさせたような感じで
サビになります。

「草原にソファをおい…

こども保険の記事をみて

こども保険。年金。増税。

入口がたくさんあってそれぞれ違う表札だけど
開けてみたらどのドアの先も同じひとつの大きな部屋。
そこに入ったら区別はなくなってしまって
どの入口から入ったものがどの出口からどれだけ出て行くのかは見えない。

ましてやここからは入口しか見えず、出口の姿も数も霞の中。
そんな感じがする。



「保険とは、将来起こるかもしれない危険に対し、予測される事故発生の確率に見合った一定の保険料を加入者が公平に分担し、万一の事故に対して備える相互扶助の精神から生まれた助け合いの制度」(日本損害保険代理業協会HPより)

現役世代のひとりとしては
こども保険も年金も相互扶助感は感じられない。

むしろ「強制徴収、掛け捨て、保険金・給付金なし、保険料漸次増大」に思える。

何をどう感じようと払わなければならないものは
払わなければならないし
天引きされるものは拒否のしようもない。

だから家計の経費を見直して
出費を削って削って削って削ってバランスをとるしかない。

ほんとうはまず国に無駄の削減を頑張ってもらいたい。
でも国にとっての無駄と国民にとっての無駄は
たぶん違うだろうから望みは持てない。

望みの持てない世界なら
いっそのことそのことは考えずに気付かずに
生きて行くほうが楽だ。

でも最後の望みは捨てないためにも
毎回選挙には行く。

この1票を受けとった候補者や政党はこの1票の中に凝縮された
イチ国民の生活や気持ちを重く受け止めてほしい。
それを重く受け止めたなら当選バンザイバンザイなんてしないでほしい。
(村上春樹さんのエッセイでもそのような記述がありましたが)


ASKA "Too many people" 感想 FUKUOKA

ASKAさんのアルバム「Too many people」を購入しましたので
曲の感想を書いていきたいと思います。

*「まだ聴いてないんだから余計な情報は知りたくない」という人にとっては
 『ネタバレ』になってしまうので、この先を読むかどうかは
 ご自身の責任とご判断にてお願いいたします。
 (といってもそんなにたいしたことは書けませんが)



◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇


◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇


◇ □ ◇ □ ◇ 


◇ □ ◇ 




1曲目はFUKUOKAという曲です。
ピアノからはじまるとてもきれいな曲です。

ASKAさんのブログなどを通してこの曲の内容や経緯などは
すでに周知のことと思います。

アルバムから先行してYoutubeに発表されました。
(と記憶しています)

Youtubeで初めてこの曲を聴いたとき、

「あれ? 聴こえない」

と思ったんです。不思議と。

モバイル機器のスピーカーで聴いていたのですが
音が鳴っているのは分かるけど、聴こえない。
歌が耳に入ってこない。
どうしたものか。

ヘッドホンをつないでみても聴こえなかった。
音が鳴っていて、歌があるのに、聴こえない。聴き取れない。
ボリュームを大きくしても。

しばらく考えてみた結果、
「たぶん、今は、聴くべきときじゃないんだ」と思って
この曲は再生しないことにしました。

そして、次の「X1」が発表された後、もう一度FUKUOKAを再生してみました。

「聴こえる。。」
「ああ、ASKAさんの歌だ。。」

と思いました。
きっと聴くことができる心境になったのだと思いました。

きれいなピアノのイントロからはじまります。
少し ’タメ’ のあるピアノの音が曲の世界にすっと引き込みます。

そして語るように歌がはじまります。
昔よりも、ハスキーがかった声になった気がしました。
でも力強さは変わらず。年齢を感じさせない。

表現力を自由に駆使できる歌い手。
それを強く、弱く、大きく、小さく、操り、ひきこむ。

ギターが重なり、サビになります。

「スイーーーレン、グッーー、メモリぃいーーーズ」
「にゅーーー、シネーーマー、ぱらだぁいすーー」
ここの登り方がとても気持ち良いです。

でも、個人的には
サビよりもAメロ、Bメロのあたりの歌い上げ方のほうが好きです。
PRIDEとか、そのあたりの感じを思い出します。

コー…

bright

眩しい陽光を纏った空気が





ふわりと




緑の輝く葉の隙間を




ゆらり




ゆらりと



質量を持って





光りながら





2017.4.30 him&any



©︎2017 him&any

fluctuation 揺らぎ

何もない日々には何もないんだから
何もしなくていいんだよ。

流れる時間が音も重さもなく
目の前をドロリと流れていくのをぼんやりと

眺めていればいい。

それはそれでいい。

という思いと、

対立する思いと。

何もない日々だからこそ何もないその場を
もがいてもがいてかき乱して
均衡を崩すほうがいい。

揺らぎから宇宙が生まれるように。

何もない均質を揺らす。

乱れとはそこにもともと基本的な繰り返しという
均質な基盤があればこそ生まれる

何もない日々は
乱れを、何かを、命を
生み出すための支えになる基盤だと
思うことが可能なら

それはそれで価値だろう。

乱すための整然だろう。


2017.4.30 him&any


©︎2017 him&any

nothing

何もしていない。昨日から。
おとといから、いや、その前から。
何もしていない日々が何もなく過ぎている。
何もない四月二十七日。
何もない四月二十八日。
二十九日。そして三十日。
何もない四月。
四月が過ぎて五月、六月。

どうしてここのエレベーターは
ガタゴトと動いてくれないのだろう。

ウイぃぃぃぃ、と
巻き上げる音が聞こえる。

何もない日々に何もしない流れは
何かをするための何かを
掬い取ってしまう
ようだ。
何もない七月、八月、九月。

十月。十一月。十二月。

一年。

そして人生。


2017.4.30 him&any


©︎2017 him&any

419という美しい曲

イメージ
「419という美しい曲」というのは

him&anyのいちばん新しいアップロード曲です(4月23日現在)。

こちらがそのリンク↓



曲のタイトルが「419」です。

このブログではこの曲のできた経緯を
ぶつぶつとつぶやきます。
あるいは楽曲解説のようなものかもしれません。

◇  □  ◇  □  ◇  □  ◇

きっかけはツイッターです。
まず以下のつぶやきが発端です。

サニーデイサービスさんのダンス・トゥ・ユー買ってしまいました。すでに何曲かspotifyで最近毎日聴いているのに。CDまで買ってしまいました。あの高いビルの上の方にあるタワレコに行って。本当は知らない人のCDを視聴して買おうと思っていたのに。気付いたらダンス・トゥ・ユーがここに。

これは事実をつぶやいたツイートです。

そして

なんとこのツイートを
ローズレコーズさん(のアカウント)が
リツイートしてくれました。

とても驚きました。
ローズレコーズといえばサニーデイサービスさんの所属している
レーベルです。
というか、サニーデイサービスの曽我部恵一さんが
運営しているレーベルです。

と、いうことは、

これは、このツイートを

曽我部さんが見ているかもしれない

ということじゃないですか!

いやー 震えました。

こんなことってあるんだなーと。

朝、起きてそのリツイートの通知を見て、

何もできず・・・

反応のツイートをしたのは
その日の夜でした。

それがこちら。

な、なんと、ローズレコーズさんが自分のツイートをリツイートしてくださいました。こ、これはもしかしたら曽我部さんも読んだかもしれない、と思うと、手が震えました。。。
今日はいい日だったなあ。「4月19日のツイート」って歌でもできそうなくらいです。

「4月19日のツイート」というタイトルは
もちろん、サニーデイサービスさんの
「4月18日のバラード」という曲をもじっているわけです。

このツイートが

22:18 - 2017年4月19日 です。

そして、「そうつぶやくんだったら、ほんとに作ってみよう」

と、ギターを弾いて歌を入れて、さっとミックスして
簡単な画像をつけてyoutubeにアップ。
そしてアップしたら
すぐツイート。

それがこちら↓


できました! ギターと歌だけ・・・ですが。

タイトルは「4月19日のツイート」ではなく、
オシャレに「419」にしました。

書…

桜は雨が好き(桜の詩1篇)

桜は雨が好きなんだと思う。

雨の気配を待って咲く気がする。

わざと雨を待って桜は満開を迎える。

自らの散り方を雨風で演出している気がする。

そして結局のところ

好きでも嫌いでも。雨でも晴れでも。

咲いても散っても。

何かを思わせ

何かを考えさせるところが

桜の魅力なのかもしれない。

それが桜の存在感なのかもしれない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


上記はツイッターのつぶやきに言葉を追加した詩です。

ツイッターではとぎれとぎれにつぶやきましたが

自分の中では全部つながっていました。

桜はずっと好きではなかった。

桜そのものよりは桜の季節が好きではなかった。

桜の季節にまつわるさまざまなことが好きではなかった。

たぶんその景色の中に痛みがあった。

それが今年の桜の季節の出来事で

少し変わった。

そんな出来事があった。

だから桜についていろいろと思ったのだろうと思う。

これも、まあ、日記みたいなものです。


2017.4.19 him&any

©2017 him&any


客観的な評価と主観的な評価

「客観的な評価」を誰かにお願いしたとしても、

その評価はその人の主観だから、

結局「自分以外の誰かの主観的意見」にすぎない。

それでも客観性に近づこうとするなら、

そういう「誰かの意見」をたくさん集めて、

その結果を自分で多角的に判断するしかない。


◇◇◇◇◇◇


上記はツイッターでのつぶやきです。

つぶやきにしてはだいぶ長いけれど。

誰かに客観的な評価をしてもらいたいと思っていた。

でもそれはよく考えたら

その誰かの主観的な評価なんじゃないかと思った。

本当に正しいものなんてあるのか。

ないのか。


2017.4.16 him&any

©2017 him&any


2000年後のちょうど今から6時間ほど前にもしも

2000年後のちょうど今から6時間ほど前にもしも誰かの話題にのぼったとしたら、あの人の恋はほどけてしまったけれどあの人の人生は真摯だったと言って空を見上げていてほしい


2017.4.15 him&any


©︎2017 him&any

ネガティブのポジティブな有効利用

ネガティブが楽、というのはよく実感します。

自己防衛のためにネガティブになるときもあれば、
あえてネガティブにどっぷり浸る日もある。

それはそれで必要だと思っています。

ある意味それは
ネガティブのポジティブな有効利用かも。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



上記はツイッターでのつぶやきです。

ネガティブは楽だという誰かのつぶやきに
心が反応しました。

ネガティブは楽、だけど、
それよりも、少しずつ、前に進もうと。
そういうつぶやきでした。

そうだね。そう思う。そうだと思う。

そうしたいと思う。でも、そうできない自分がいる。

だから、心が反応したんだと思う。
そしてまさに自分を守るためのネガティブを
言葉にしてツイートしてしまう。

弱い自分がいて、

それを守ろうとする自分がいる限り、
前に進めないと思う。

反省と自嘲と自己防衛が織り交ざったつぶやき。


2017.4.15 him&any

©2017 him&any

雨の気配を (桜の詩2篇)

いつも咲いたあとにすぐ雨になる。

桜は雨が好きなんだろう。

雨を待ち受けている。

雨の気配を。

散らす雨の気配を。

舞うことなく散るために。

散るために咲く花なのだからと。


ーーーーーーーーーーー



いつも咲いたあとにすぐ雨になる。

桜は雨が好きなんだろう。

雨を待ち受けている。

雨の気配を。

散らす。

雨の気配を。

たぶん待ち焦がれている。



2017.4.14 him&any

©︎2017 him&any

曲紹介 "hanano-love-song"

イメージ
"hanano-love-song"

him&any 「花のドレスに」の
love song version です。

YouTubeです。

ウェディングソングです。

love-song-versionは高音域が
伸びて広がるようにミックスしています。

花の季節に似合う雰囲気になりました。

桜吹雪や桜の花の舞う中で
ヘッドホンをして大きめの音で
聴いていただけると、とても嬉しいです。


この曲はhim&anyの2番目のシングル「花のドレスに」の
ラブソングアレンジバージョンです。

This song is love song version of my 2nd single "花のドレスに-on a flower dress".

原曲の「花のドレスに」の音源は下のリンクにあります。
アレンジの違いを聴き比べてみていただけるとうれしいです。

original version 2nd single 花のドレスに

 スポティファイはこちらです


 on spotify(※配信終了しました)
  ↓
「花のドレスに -on a flower dress-」


 ユーチューブはこちらです
    on Youtube
        ↓



追記 2017.4.13 20:28


何を思ったか
自作曲を自力で街に鳴らそうと
車の窓を半分開け

少し音量をあげて
hanano-love-songを流しながら
走った

交差点
信号待ちの高校生

怪訝な顔でこちらを見た

慌てて窓を閉めてボリュームを下げた
そんな春の日

もう二度同じことは
するまい

2017.4.13 him&any

©2017 him&any





詩について

詩は日記みたいなものだと気付いたのでブログに載せておいてもたぶん正解だろうと思った。なぜなら詩は日記みたいなものだからだ。そしてブログとはそもそもウェブログでウェブ上の記録だから日々の記録という意味では日記みたいなものだからだ。日記みたいなものである詩が日記みたいなものであるブログに載っているところで何の不都合もない。ということに気付いたので詩はブログに載せておいてもたぶん正解だろうと思った。詩の中の言葉や空白においては自分自身ではそこに浮かんでくる景色や匂いや音があるのでその文章を読むだけで自分自身はその日のその時の空気を感じることができる。プロの、というか本物の詩人であればおそらく自分自身だけでなく他の誰かにもその空気を感じさせることができるのだろうけれどあいにくそのような研ぎ澄まされた技術や感性を持ち合わせていないので自分自身がいつかの自分自身のことを記録としてとどめておくにも詩はとても良い形態だったのだ。○○が△△でどうしてこうしてと詳しく具体的に記録するよりも空白の多い詩の方がより鮮明にその時の空気や世界を自分の中で再現することができる。もしかしたらそれはことばを足掛かりにした新しい創られた記憶なのかもしれないけれどそれはそれで構わないと思う。誰が正しい記憶と創られた記憶を区別することができるだろうか。そうでないのだから日々創られる新鮮な記憶が自分自身の過去と今と未来を彩っていくのであればそれが人生だしそれこそが世界のすべてになるわけだからそれは日々新しく新しく創られていくほうが眩しく輝かしい。そのまぶしさに余計な描写はたぶんいらないし注釈も解説もいらない。だから詩の方がいい。でも詩は具体的なものそのままを記載しているわけではない。もちろん。脚色している。出会ってもいない人と出会っていたり別れてもいない人と別れたりしている。もちろん見たことない景色を見て聴いたことの無い音を聴いている。詩の中では。それは特別な世界だ。自分自身だけの中の世界だ。それはそれでいいんだと思う。それはそれでいいと思う。

2017.4.10 him&any

©2017 him&any


カーステレオから流れるのは

カーステレオから流れるのは
彼らの新曲

あなたはもう知らない曲

春を呼んでいる

その歌は

春を呼んでいる

眩しく

悲しい



開け放した窓から
流れ込む風

まだ冷たい風

あなたの知らない風

不意に始まる
ギターのイントロが

颯爽と駆け回る風に
乗って

涙の匂いがした

涙の

匂いがした


2017.4.8 him&any


©︎2017 him&any

滑るように流れる



雨のフロントガラスは

涙だった

朦朧としては
明晰となり

そしてまた
朦朧

信号が
まるでネオンサイン

あらゆる音に

さああ
とノイズがのる



思うことなんて
何もない

心は

空洞

何も考えず
何も思わず

喜びも
悲しみもなく

涙の世界を
滑るように流れる

滑るように流れる


2017.4.6 him&any


©︎2017 him&any

光のスリット実験や干渉縞について素人が一生懸命考えてみた創作物のような考察

*これは物理も数学も全くよく分からない人間が、光のスリット実験や、その他いろいろな物理関係の本(入門編、とか、図解でよく分かる、とかそんなレベルの本です)について聞きかじった内容をもとに、自分なりに空想的に、その不思議について考えている文章です。理論も理屈もありません。想像です。創作小説や作り物語や自由詩と同じようなものだと思って読んでください。(^^)


◇光のスリット実験
 光のスリット実験において、2つのスリットを通る2つの光は、スクリーンに干渉縞をつくります。それにより、光は波の性質をもっていると考えることができます。

 そこで、光の粒子を1粒ずつ照射するとどうなるか、という実験もあります。その実験において、スクリーンに当たった無数の光の粒の跡を集積すると、干渉縞と同じ模様を作り出すそうです。

◇1粒の光による干渉縞の不思議
 1粒ずつしか照射していないのであれば、スクリーンに残る光の跡は、ランダムに散らばるか、一か所に集中するのではないかと考えてしまう。しかしそうではない。

 1粒1粒、それぞれの光の粒がつけたその痕跡を、後から集積すると、干渉縞を描き出している。不思議です。その1粒1粒は自分自身の振る舞いをしているだけなのに。

 不思議です。

 1粒1粒という単発の行為が、まるでもともと予定されていたように配置されていたということが、後から集積してみると分かるだなんて。

 とても、不思議です。

◇1粒の干渉相手
 その1粒の光は、いったい何と干渉して、その縞模様を描くのだろうか。

 数式や物理のことは全くわかりませんが、想像してみました。すると、もしかしたら、光の粒は「自分自身」と干渉しているのではないだろうか、と思いつきました。

 自分自身というのは、過去の自分自身、未来の自分自身、そして同時間別次元の自分自身です。同時間別次元というのは、いわゆる平行世界です。(それを信じるか信じないかというのは、とりあえずおいといて)

 光のスリット実験では、1粒の光を2つのスリットに向けて飛ばします。そこで、光の1粒は、実際は、2つのスリットを同時に通過するのではないか、という説があると聞いたことがあります。2つに分かれるのではなく、1粒が同時に2つのスリットを通る、ということらしい。

 普通に考えたらそんなことは起こらないはずですよ。人間が歩いていて、右と左の2つ…

桜守(さくらもり)

もう再開することはないかもしれない
その桜の下で
別れた

もう二度と会うことはないかもしれない
ふとそんな気がして
目を伏せた

二度とないということは
永遠ということだ

桜の木がバックミラーに小さくなっていく

その姿を見て
たくさんの別れを思い出した

いくつもの別れは
いつのまにか

今生の別れになっていく
気がつかないうちに

駅前に咲いていた
日なたに咲いていた
三分咲きだった

その桜にはきっと
目に見えない桜守がいる

このあたりでは
どこよりも早く花を咲かせる

ドアを開けたら
少し甘いにおいを感じた気がした

たぶん
その木の桜守が目の前を通ったのだと
そんな気がした

あの人の幸せを祈ろう

桜の季節は好きではなかったのに
今日の桜の色が
眩しくて

ふと心がほどけた気がした

心が
ほどけた気がした

空気が
やわらかくなった気がした

たぶん
その木の桜守が目に見えない何かで
心をほどいたのだと
そんな気がした

満開の桜だったらそんなことはなかった
たぶん

今日の日なたで
明るいあたたかさが
やさしかった

いくつもの別れを
かみしめた


2017.4.3 him&any


©2017 him&any


眩しい朝日に

夢の中に

あの人がいて

たわいもない

話をした

昔と同じように

話をした

落ち込む心を

沈む気持ちを

励ましてくれるように

ふと

目を覚まして

ため息

カーテンをあけた

眩しい朝日に

目を閉じた

そして

深呼吸

また会いたい

ありがとう

そして

深呼吸

よし

行こうか


2017.4.1 him&any


©︎2017 him&any





あなたの声は

*この記事は「おおかみこどもの雨と雪」を見た感想をもとに作成しています。映画の中のある場面の内容を含む表現があります。「まだその映画を見ていないんだから内容についての情報は知りたくない」という場合、この先を読むか読まないかは自身の責任においてご判断をお願いいたします。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


◇◇◇◇◇◇◇◇


◇◇◇◇◇◇


◇◇◇◇


◇◇



あなたの声は

優しく

伸びやかだった

そして

長く 長く 空に響いた

あなたの声は

力強く

伸びやかだった

あなたの旅立ちを

成長を

気付かせるほど

充分に

長く 力強く 伸びやかだった

もっと そばにいたかったけれど

もっと 幼かったと思っていたけれど

もう
大丈夫なんだね

もう泣きやまない夜も
こない

もう冷たく震える体を
抱きしめることも
ない

いつもいつも
愛おしくて 大変で 心配で

一生懸命で

愛おしかった

もう大丈夫なんだね

遠くから
あなたをみる

もう見えない あなたを見る

あなたの声

長く 力強く
優しく 響き渡る声

あなたの旅立ちを知るのに
あなたの旅立ちを悟るのに
あなたの旅立ちを祈るのに

充分なほど 

伸びやかに 響く

もう 大丈夫なんだね

手を 離すね

わたしも 大丈夫なんだね

あなたに わたしに
むけて

笑顔になる

心が
晴れるように

水たまりが

空を青く 反射する





2017.3.30 him&any


©︎2017 him&any

あたたかいものは今でも

子どもの頃に読んだマンガを手にとる

相変わらず

小さな紙の中で

彼らは闘い
奇跡を起こしている

いつの間にか

彼らの年齢を追い越してしまった

彼らほどの

冒険も勇気も闘いもなく

涙も傷もなく

奇跡もなく

大人になっていた

マンガを読んでいた幼い頃の少年は

どんな大人を描いていただろう

今の姿は

どのように見えるだろう

たぶん

笑われることはない

でも

たぶん
君を落胆させてしまう

失望させてしまう

失望させてしまうよ

でもね

君の中に宿るあたたかいものは

今でもここにあるよ

思い出したから

ちゃんとあるよ

マンガの中の少年たちを見て

思い出したから



2017.3.28 him&any


©︎2017 him&any

欲と苦しみ

ツイッターの投稿をしながら考えたことです

まず、該当のツイッターの投稿を5つ並べます

T:欲があるから苦しみが生じるのだ、という仏教の言葉を思い出しました。ブログの検索アップ対策とか、ツイッター検索への表示とか、そういう欲があるから「何をしても改善されない」という苦しみを生むのでしょうね。

T:その仏教の言葉を実践して、不必要な「欲」がなくなれば、あるがままに、淡々と、ブログを更新し、ぼつぼつとツイートをつぶやく生活ができるのでしょう。きっと。

T:では、そういう苦しみの元になる「欲」を断つにはどうすればいいか。まずその「欲」を増幅させることにつながる「ブログをはじめるにはこの設定は必須」とか「ツイッターの便利機能はこれ」というようなサイトを見ないようにしようと思う(あくまでも個人の感想です)。

T:そういう「便利さ」を最初から知らなければ、「いいなー」と思うこともないし、「いいなー」と思わなければ、「自分もそうしたい」という「欲」もでなくなるから、結果、その「欲が叶わないという苦しみ」はなくなるはず(あくまでも個人の感想です)。

T:ただ、「ブログではこういう設定をしておこう」とか「ツイッターにはこんな便利機能があります」という記述は、bloggerやTwitterの「ヘルプ」にも書かれていることなので、結果、「ヘルプ」も見ないほうがいいか。ということになるのでしょう(あくまでも個人の感想です)。

つまり

「便利さ・お得」→「欲」→「叶わない」→「苦しみ・悲しみ」

ということです。

そのいちばん元になっているのは「便利さ・お得」といった情報です。

それがなければ「欲」が増幅することもない。

だから「便利さ・お得」という情報に触れるのはほどほどにしよう

ということなのです。

が、しかし、じゃあ「便利さ・お得」になぜ心がひっかかるのか

それは、さらにその奥に「欲」があるからです。

「ブログで人に自分の意見を主張したい」とか

「SNSを通じて認められたい」とか

そういう欲求です。

本来の目的はそうじゃなかっただろう!

ということをきちんと自分に言い聞かせないと

すぐに「欲」にとらわれてしまいますね。

しかしながら、その「欲」を巧みにつかんで

「欲」を「必然」に置き換えて他者に提供することができる人は

この競争原理・市場原理の社会で

経済的に成功するのだと思います。

たぶん。

そして何かをつくりだすには

欲は必要なのです。

た…

悲しみの水面(みなも)

手を伸ばすたびに

また

悲しみの水面に触れる

それを集めて

暗い土の下の

冷たい種子に

重ねていく

服を着せるように

重ねていく

誰も知らない場所で

誰も知らない涙を

透明な涙を

重ねて

温めて

いつかそれは

光に

芽を伸ばすだろうか

花を

咲かせるだろうか



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

これはついさきほど、つくった詩です。
ついさきほど、というのは2017年3月22日18時30分頃です。

ブログは、ある時期から、予約投稿で更新していますので、
通常は、書いた日と、投稿公開される日は時間差があります。

ただ、今回、この詩をふと書きながら、
なんで「悲しみの水面(みなも)に触れる」んだろうと
思っていました。

「悲しみの欠片」とか「悲しみの棘」とか
「悲しみの風」とか
いろいろと選択肢はあるはずなのに最初から
「悲しみの水面」が浮かんで、そのまましっくりきたので
そのままにしました。

で、なぜそれを今日はリアルタイムで投稿しているのかというと
上馬キリスト教会という教会のツイッターを見たら
「3月22日は水の日」とあったので

こんな偶然もあるのだな

と思ったのです。

なるほど、だから、水面なのか、と。
何となく、何かと何かがリンクした気がしたので
今日はそのままリアルタイムで投稿公開としています。

それが偶然というものだと思います。

「水の日」というのは、上馬キリスト教会さんのツイートで
始めて知ったはずです。
でも、もしかしたらどこかで聞いていて
水というキーワードが
潜在意識の中に隠れていたのだとたら。
それは、偶然を生み出す必然かもしれませんね。
まあ。そういう可能性も否定はできないけれど。


2017.3.22 him&any

©2017 him&any