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視野

 いろいろとネット上の記事を見ていると、ブログはひとつの記事の文章量が多い方がいいということなので、自由詩風ではなく普通の文章記事を投稿しようと思い、書きはじめてみたものの何を書けばいいのかよくわからないので、視野についての雑感をひとつしたためててみようとしたところ、「したためる」という入力の変換候補に「認める」とでてきたので、はて、これは「ミトメル」と同じ漢字を書くのかなと、疑問になったのでまずそちらを調べてみる。

 ネットで検索したことをざっくりまとめると「しっかり、丁寧に、手紙を書くときに使い、心のこもった、奥まった感じ」ということのようで、なるほど、ということは、ブログでしたためると書くのは違うのだなということで、ここから視野についての雑感を表記しようと試みる。としたところ、表記するという言葉に…これではなかなか進まないので、これは踏み込まない。

 立っている場所によって見えるものは変わる。見える範囲が変わる。見える景色も変わる。同じ場所に立っていても右を見るか左を見るかでまた目に入るものは変わる。さらに前に人がいるのか、その人の背が高いのか低いのかでも景色は変わる。それだけさまざまな要素で視野は変化してしまうので、視野が広いとか視野が狭いとかいうときには、さまざまな要素も含めておかないといけない。同じ場所に立っていても、見えるものなんて全く違うんだから。

 さらに心理状態や経験や目的によっても見えるものは違う。視野が同じでも、何を目的としてその景色を見ているのか、というところで見えたと知覚するものは変わってしまう。鳥を探しているのか、木を探しているのか、空の色を探しているのか。心理状態は楽しいのか、悲しいのか、怒っているのか、それだけでも、見えかたが変わってしまう。さらに経験の有る無しでも見えたと知覚するものは変わってしまう。鳥に関する経験が豊かな人ならば、鳥に付随する細かな変化にも気がつくだろう。鳥に関する経験があまりない人にはその変化にあまり気がつかないだろう。

 そういったさまざまな要素を重ねた結果、いまここに見えている。それが世界で、その世界は、その人だけの世界。そんな世界と世界が向かい合うわけだから人と人がわかり合うなんて本当にむずかしい。

 指いっぽんで世界を消して見せましょう、という有名な話を聞いたことがある。片目をつぶって開いた目の前に指をかざすというやつ。初めて聞いたときは、oh!と感動した。視野が世界で、それが世界で、それがあなたなので、そのことが、少し、という感じでしょうか。

 視野を広げるには、いろいろな立ち位置に立つこと、いろいろな経験をすることが大切で、さらにいろいろな人の話を聞くこと、そういうことを認めて受け入れることが必要なのだと思われる。そのような視野の要素を見エル見エルという曲にも少し反映している。その曲はコンテスト応募曲なので、岩だけど田であるというテーマに限定してはいるが、そこから少しだけ広げた世界観を歌っている。コンテストはさらっと落選だった。結果発表があったことにも気がつかなかった。今後の精進の糧としよう。ユーチューブのリンクを貼りたいところだが、いろいろとネット上の記事を見ているとリンクを貼っていいとかいけないとかよくわからないので、リンクはやめておこう。

 さて、文章量を多くということで、ここまできてみたが、果たして何文字くらいになったのだろう。ブログ作成ツールの中に文字数カウント機能などがあるのかな。さらにこの文章ではなんと文字サイズや色を変えるというテクニックまでも駆使している。それもいろいろなサイトに書いてあった。たしかに強調したいことは見やすくなった。みなさんすばらしいテクニックを持っているものだ。しかしこんな長い文章を毎日書いているなんて、ブロガーという人は本当にすごい。こんな長い文章を毎日書くなんてうへぇもう勘弁、という感情を今現在感じている。

2017.1.29 him&any

©️2017 him&any

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