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メディア


ここ数日インターネットのニュースと
記事に付けられたコメントとツイッターのコメントを見ていた。

自分の意見というか心情があちらこちらに揺さぶられるのが分かった。

ニュースのタイトルを見て

何それ、、

ニュース記事を見て
確かに、、これは何てことだ
でも、タイトルとは少し印象が違うような。。

記事のコメントを見て
あ、そういう見方もあるのか、
それならこっちが悪いってわけじゃないのか。
むしろ反対?

ツイッターのコメントをみて
やっぱり反対じゃない?いや反対?どっちだ?

翌日、同じニュースの別の記事をみて
あれ?やっぱり反対?でもコメントやツイッターで
触れていたことは触れないのか?

ブログ記事をみて
なるほど、そういうことか

反対の意見のブログ記事を見て
おお、なるほど、こちらも一理ある

じゃあ、結局どっちが悪いってわけじゃないのか?
自分ならどう考え、どう意見を述べるだろう。

という流れだった。
ものすごく考えさせられた。

テレビや新聞のニュースしか知らなければ
こんなにコロコロと揺れることもない。

ネットニュースやコメントやツイッターという
形でメディアが広くなったことの価値を感じた。

そして大手メディアの記事だけがすべてではないと
改めて知った。

スタートはインターネットニュース記事の見出しの言葉。
言葉が衝撃的だからつい見てしまう。

そして見出しの言葉によって読み始める前に
すでに印象(というか色眼鏡みたいな気持ち)をもって読んでいる。

記事をクリックさせることが見出しの意義であれば
それはそれで大成功なんだろう。

音楽でも小説でもタイトルやジャケット写真によって
それを手に取るかどうかの差がつくように。

でも内容についてはそれがすべてではないということ。
もう片方の面はどうなっているのか考えること。

メディアリテラシー。
大切。

たぶん普段の考え方の中でも。

2017.6.30 him&any


©2017 him&any


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