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首の痛みとストレートネック その4

◆2月に「ストレートネック」という診断を受けました。
◆そこに至る経緯と対処をまとめておきます。
◆今後の自分に向けて。そして同じ症状のいつかのどこかの誰かに向けて。

その1 、 その2 、その3 の続き

・リハビリ通院【柔軟】


 人生で初の「リハビリ」に通う。今まで病院では「診察」の受付しかしたことがなかったため、「リハビリ」の受付方法に少しとまどうが、受付のお姉さんに診察券を渡してすぐに受理される。関係ないがマスクをつけていると顔の一部しか見えない。だからそれはホスピタルマジックなんだろう。たぶん。

 リハビリ室に入るとまず、前回と同じように「電気」を行う。そうとは知らずに待つための椅子に座ったりしても、「こちらへどうぞ」と言ってもらえるから心配ない。そしてもう「で、電気!?」という顔をする必要もなく適度な電力具合(という言い方でいいのかわからないが)で調整してもらえる。この電気は具体的にどのような効果があるのかあまり分からない。特に何かしらの実感もないが何かしらの効果があるのだろうと思う。

 電気のあとはベッドにうつ伏せになり、肩を中心に背中をマッサージしてもらう。そのあとは仰向けで首と後頭部と肩を中心に。あれはマッサージなのだろう、たぶん。いわゆる「リハビリ」という言葉から苦痛に耐えながら歯をくいしばって何かをやる、というイメージしかもっていなかったが(それはイメージが古いのかも)、これはたぶんマッサージと呼んで差支えないものだろう。肩を中心とした筋肉を柔軟にするための処置らしい。

 以下、マッサージをしてくれた人(マッサージ師ではないと思うがどのような資格の人なのか分からない)に、聞いた話を中心に進めます。

 特に気になるキーワードは「肩甲骨」だ。肩甲骨にはいろいろな形でいろいろな方向に筋肉がくっついているらしい。それが支えたり伸びたり縮んだりしていろいろな方向へ曲がることができる。この筋肉に柔軟性がなくなると動きにくくなる。そして「衝撃に対する柔軟性」がなくなる。

 衝撃に対する柔軟性がなくなると、もちろん衝撃に耐えられなくなる。今回の首の痛みがまさにそれだ。これは一回の衝撃がどうのというよりは、筋肉に蓄積されつづけた何かが、ある拍子に一線を越える、というイメージらしい。今回の車の発進は単なるトリガーにすぎず、そこまでに、筋肉に蓄積された何かが問題の根本らしい。

 蓄積される何か、というのは、仕事であったり、寒さであったり、不自然な姿勢であったり、血行不良疲労ストレスなどだ。確かに今回の「金曜日の夜」というのは一週間分の「仕事」の「疲労」がたまった状態であり、冬なので「寒い」し、何より仕事はわりと「不自然な姿勢」でやってしまっているうえに、普段からかなりの猫背らしいので、ただそこに立っていたり座っていたりするだけで「不自然な姿勢」になっている。これだけのものが「つもりつもって」いる中で車の発進時の「G」がかかっため、普段なら何でもない重力が、今回は一線を越えてしまった、ということだ。

 そしてストレートネックになっているということは、肩の固さもそうだが、首の方は、もっと柔軟性がなく、「衝撃に弱い」ということだ。今回は「寝違えのようなもの」で済んだので本当に幸いだったが、この先、もっとひどいことにならないように柔軟性を持ちたいと思う。

 ところで肩が固いと言われて以来、ついつい人の肩の固さが気になってしまう(ところで肩が固い肩が固いと言っているとダジャレを連発しているみたいなのでここから、肩がやわらかい、という言い方にする)。事務職をしている女性をみると、この人の肩はやわらかいのかな、と思ったりする。現場仕事をしている男性を見ても、この人の肩はやわらかいのかな、どうなのかな、と思ったりする。まさか「肩がやわらかいかどうかさわらせてください」とも言えないので、ただ、それが、気になるだけだ。何の他意もない。

 柔軟性を持たせるためには、肩甲骨の「可動域を広くする」こと、そのために「周囲の筋肉をよく動かすこと」、「あたためて血行をよくすること」、「使われていない部分を意識して使うこと」が重要らしい。

 肩甲骨の筋肉は肩を中心に背中にくっついているが、中には背中から上に伸びて、頭の付け根、後頭部の下にまでくっついている筋肉もあるらしい。これは頭を上にあげる(上を向く)という動作をするときにつかう筋肉だそうだ。この筋肉と頭のつなぎめにあたるところは、マッサージのときに軽い痛みがある。それはつなぎめだから疲労が蓄積している可能性もあるという。そこもほぐしてもらう。

 さらに肩甲骨の筋肉は首にもつながっている。この首につながっている筋肉が無いと、腕はぶらんと落ちてしまう。ということは逆に、この筋肉は首にくっつくことで腕の重みを支えている、ということだ。だから、痛みのひどかった土曜日に、左手を上げると、首の痛みが緩和されたのだ。首にかかっていた腕の重みを軽減することで首の負担が減ったので痛みが減った、ということらしい。なんてすごいんだ、人間の身体って、よくできてる。さらにさらに、人の頭はボーリングくらい重いらしい。ボーリングのボールのほうね。首はそれを支えているのだから、それは相当な負担だよね。そして肩の重みもあるし。いやいや、これはいたわってあげたい。

 ストレッチの仕方を2種類教わったので、これは一日のうちに何回も実践している。言葉ではうまく言えないのでそのうち画像を載せられたら載せたいが、まあ難しそうだからやめておきます。さらに「肩を回すこと」も教わったので、歩きながら、テレビを見ながら、肩をぐるぐる回している。腕、ではなく、肩だけを回す動きです。腕はだらんと下にさげたまま、肩をぐるぐる、首をすくめるような感じというか肩を上げ下げするような感じというか、そういう感じでぐるぐる回しています。

 おかげで例の左後ろの首の痛みはもうまったくありません。ただ、リハビリの中で何度も言われているが、肩から胸にかけての筋肉が固い、とくに左側が固い、だから左の方が柔軟性がないので、気になる、らしい。気になると言われるとこちらも気になる。気になるけど、どうなるんだろう。左が固い?なぜだろう?またさらにリハビリに通ってそういうのも改善されるのを期待したい。


2017.2.23 him&any


©2017 him&any
 

コメント

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ASKA「止まった時計」

ASKAの「止まった時計」という曲が好きである。

わりとスローテンポなバラード(?)であるが
なんだか神秘的で幽玄な雰囲気のイントロから始まり
オーケストラ(?)のようなアレンジが
ぐうっと心をもっていくように感じるのである。
特に後半の最後のサビあたりのもっていくパワーはものすごい。
ASKAの独特の「ぅぅわぁぁぁああ」という感じの
歌声によるもっていくパワーとストリングスが重なって
「もっていかれる」のである。

ちなみにイントロがけっこう長くて
歌が始まるまで約1分20秒。
これを長いと感じるかどうかであるが
このイントロをジックリ聴くことでASKAの歌いだしの第一声に
すーっと入っていくことができるのだと思う。
第一声の歌詞の内容的にもこの長いイントロは意味を含む気がする。
なのでこのイントロは「必要」で「必然的」な長さなのだと思う。

これはたぶん「ものすごく長い小説」を読むときの気持ちに
近いかもしれない。
小説世界の内容の良し悪しはもちろんではあるが、
その「長い小説」の場合は、「長さ」が重要なので、
その「長さ」を読者として「通過」することで
目にすることができる世界があるのである(たぶん)。

歌詞の内容は恋愛の歌詞であると思う。
もしかしたら恋愛という設定を借りたもっと別の
意味があるのかもしれないけどそれは私には分からない。
たぶん女性目線での恋愛に関しての歌詞だと思うけれど
それを女性が聴くと確かにそうだねと思うのだろうか。
あるいはもっとあっさりしているよと思うのだろうか。

これだけ時間と心を費やして聴く曲であるということは
夜にじっとり聴くのにとても良い曲なので、
忙しい時にサクッとサビまで聴きたいような気持ちの時は
あまりセレクトされない曲である(私の中で)。

この曲は「SCENE2」というアルバムに収録されている。
調べてみたら1991年。CHAGE&ASKAの「SEY YES」という曲が
爆発的にヒットした年でもあるらしいので、
おそらくASKAのソロアルバムの中では一般的な認知度も
高いかもしれない。
このアルバムには他にもいい曲が多い。

私の人生においてもときどき「止まった」期間があるように思う。
今はたぶんその中にいる気がする。
ASKAの歌う「止まった時計」の歌詞の意味とはズレるだろうけど
自分の人生の中の「止まった時…

タガがはずれる・ハメをはずす・ハネをのばす 比較

◆前置き
 自由詩「夢の中の配役」の中で、「理性のタガがはずれる」という言い方をしたときに、同時に浮かんだ3つの表現について比較してみます。

 3つの表現とは、タガがはずれる、ハメをはずす、ハネをのばす、です。

 あくまでも個人の感想です。語源の検証や、用例の正確さを保証する内容ではありません。あくまでも個人の感想ですので、例えばテストで、この3つの表現について意見を述べよ、という問題が出て、このブログを参考に答案を書いて、不正解だったとしても、責任は負えません。先生に、him&anyのブログにそう書いてあったのに、と言ってもおそらく効果はありません。むしろ逆効果かもしれません。ご注意ください。


◆タガがはずれる
 漢字だと、箍が外れる、と書くようです。こんな漢字だとは知りませんでした。日本語を勉強中の皆さん、この漢字を知らなくても、少なくとも数十年は問題なく日本で生活できることが今ここで証明されたので、ご安心ください。

 意味は、しめつけや枠組みがなくなることのようです。ひつじ牧場の、囲いの柵がなくなるようなイメージですね。ひつじ達はどこにでも行くことができます。

 理性のタガがはずれる、ということは、理性によるしめつけや枠組みがなくなる、ということです。理性にしめつけられているのは本能ですね。本能が自由に振る舞うことができる、という意味になります。

 本能が自由に振る舞うということは、つまり、自然、ということでしょうか。いわゆる社会的規範や常識的行動、あるいは公序良俗といったものにとらわれない、ということになります。

 「あいつはタガがはずれちゃったんだよ」なんて言うときは、何かの原因があって、振る舞いに良識を感じられなくなる、という意味になります。

 でも、人間の「自然」って、本能が自由に振る舞うだけではない気がします。本能もあり、理性もあるというのが現在の人間の脳の構造であるなら、どちらも有効に機能できている状態が、自然、なのかもしれません。


◆ハメをはずす
  漢字だと、羽目を外す、と書くようです。ただ、もともとは「馬銜」と書いたようです。「馬銜」というのは、馬の口に噛ませて馬の動きを制御するものだそうです。「馬銜」は「ハミ」とも「ハメ」とも読むそうです。そこから、「羽目」の漢字をあてることになったそうです。

 もともとの「馬を制御する」という意味から分かるように「羽目を…

TuneCore Japan で 「LinkCore」 というサービスが始まった

「TuneCore Japan」 で 「LinkCore」 というサービスが始まった。

「LinkCore」とは
TuneCore Japanから配信しているリリースについて
すべての配信先をひとまとめにリンクしたサービス、ということだ。

詳細はこちら→ LinkCore

実際のLinkCoreの画面は
上にシェアボタンと曲のジャケットがあり
その下に配信されているサービスへのリンクが並んでいる。

とても見やすい。

これは確かにとても便利だ。
これまでは個々の配信先のリンクをツイッターに載せたりしていたが

この「LinkCore」を使うと
いちどにすべての配信先を紹介することができる。

このサービスの何がすごいかというと
「こういう機能があったらいいのになあ、と明確には
意識していなかったものの、無意識に何となく求めていたものを
サービスとして具現化したところ」
だと思う。

実際、このサービスがなくても、TuneCoreの中の
アーティストページのURLを貼っておけば、
そこから、各配信楽曲の配信先のサイトのロゴをクリックすることで
配信先に飛ぶことはできた。

しかしながら、「LinkCore」という「サービス」として
機能させることで、「聴いてもらうための作業」の中の
ワンステップの簡略化に成功していると思う。

配信する側としては「シェアする」のボタンひとつでシェアができる。
宣伝が楽になる。これは確かに簡略化だろうと思う。

聴く側としては、シェアされた画面の中から自分が利用している
音楽サービスを選択することで聴くことができる。
これもナイスアイデアだと思う。

とはいえ、
「LinkCore」と「アーティストページのURL貼り付け」では
聴く側の作業回数自体は実は変わっておらず、
「アドレスをクリック」→「音楽サービスへのリンクをクリック」
という2回の作業が必要になる。

(あれ?簡略化してないじゃない?)

(と、今、思ったので、もう少し理屈を述べることにする。)


「アドレスをクリック」した際に目にする画面で
「ああ、このリンクをクリックすれば聴けるんだな」
という理解という点で「LinkCore」のほうが直感的に分かりやすい。

しかも「シェアする」ボタンも見えやすいので
聴いた人が気に入ったら、さらにそれをすぐにシェアしやすい。

この「分かりやすさ」が
「…

ごんぎつね 解釈

突然ですが、
『ごんぎつね』(新美南吉)の解釈をしてみました。
(個人的な想像をかなり含みます)

「『ごんぎつね』は「兵十」による「ごん」への哀悼の物語である。」

これが結論です。

そう思った理由は冒頭の一行です。
「これは、わたしが小さいときに村の茂平というおじいさんからきいたお話です」
この物語はこの文章から始まります。

つまり、この物語の「語り手」は「わたし」です。
「わたし」は「茂平というおじいさん」からこの話を聞き、
それを、読者に向かって語ります。
そのため、物語の中の言葉はすべて「わたし」の語っている言葉です。
兵十の言葉も、ごんの言葉も「わたし」の言葉です。
「小さいとき」に「茂平というおじいさん」からきいたお話を
大人になった「わたし」が語っているため、物語全体には「わたし」による
再構築も含まれることになります。

「わたし」がもとにしたお話しは「茂平というおじいさん」のお話しです。

では「茂平というおじいさん」がさらにもとにした話は誰が語ったのか?
「茂平」は誰からこの話を聞いたのか?
これは本文にでてこないので分かりません。個人的には、
兵十や加平など「物語のリアルタイムの時間帯にいた人」から聞いたのだと推測します。

それでは、
「物語のリアルタイムの時間帯にいた人が茂平に語ったお話」
の原型をつくったのは誰か?
それは「兵十」です。この物語を体験したのは唯一、兵十だけです。
兵十が誰かに自分の体験を物語ったのが発端となります。

時系列でまとめると、

兵十がごんとの出来事を体験する(きっかけ)

兵十が出来事の意味を考える(話の原型)

その体験を誰かに話す(原型の完成、および「物語」化)

茂平というおじいさんがその話を聞く(茂平の物語となる)

わたしが茂平からその話を聞く(わたしの物語となる)

という流れです。

つまり、この物語の全ての元は、兵十です。

兵十は、「自分と加助が話をしているのをごんが聞いていた」
ということは知りません。
「葬式の場面を目撃した」ことも、「ごんが何をどう思ったのか」も知りません。
兵十がごんについて知っているのは、
「ごんがひとりぼっちのきつねでいたずらをすること」
「ごんがうなぎを盗んだこと」
「家に侵入したこと(同時に栗を持ってきたのがごんだと推測)」
「ごんが、ぐったりと目をつぶったまま、う…

Twitterと組み合わせると力を発揮しそうなnoteというサービスについて思ったことを書きました

note というサービスで曲を紹介してみた。(※文章下部に追記あり)

埋め込みの形で共有ができるみたいなので
テスト的に貼り付けてみた。


(※うまく貼り付けられなかったのでリンク削除した)


どんな感じになるのかちょっとよくわからないけど。

使ってみると note は「売り場」のための「場所」として
効果を発揮するサービスのような気がします。

その中で何かつながりを広げたりするのではなくて
(もちろんフォローやいいねの機能もありますが)
「売り場」として曲やテキストなどを置いて
「外」から誰かが買いに来る場所
のような気がします。

「外」というのはTwitterやFacebookなどの
「つながりができるけど、その中で売り買いはできない」
タイプのSNSです。

だからTwitterとnoteをうまく組み合わせて
使うといいんだろうなぁと
思いました。

him&any としては販売はしないので
単純に「作品を置く場所」という感じになると思います。

そうなると前からあるSoundCloudやYouTubeとの
差があまり無くなってしまうなぁ。

2018.11.17 him&any

©︎2018 him&any



というふうに11.17に書いたのだけれども
少し使ってみて違うなと思ったので追記します。

noteはけっこうおもしろい記事や漫画や写真に出会いやすい
場所だと思いました。

なんといっても何か作ったり書いたり描いたりしている
人たちばかりが集まっているので
すべての記事が何かしらの「作品」であるような
感じがしました。
音楽や写真やイラストや小説やマンガや音声記事だけでなく
エッセイやブログのような記事も
ひとつの文章作品としてそこにある気がしました。

ということでけっこう良い感じだと思います。

また例えば販売をしたいとか
自身の作品の金銭的価値をはかりたいとか
著作者としての権利を守るために
一定の基準を設けておきたいという人にとっては
記事に値段をつけたり
無料と有料の部分を設定したり
その中だけで販売を完結することができる
noteという仕組みはかなり良い感じだと思います。

「コミュニケーション」に重きをおいたツールとしては
おそらくTwitterにはかなわないという部分は
上記の文章にも書いた通りですが
作品を置いておく…

恋がふりつもる夜 20秒Cメロのみ

him&any「恋がふりつもる夜」20秒Cメロのみです。
短いので聴いていただけると嬉しいです。

ずいぶん前に作った曲ですが、
最近win10のフォトで何とか20秒の紹介動画をつくりました。

「ふりつもる」という言葉の連想から
「雪」の3D効果を使いました。冬っぽい感じになりました。
短いので見ていただけると嬉しいです。

歌詞

ゆれる不安と希望に
惑いつまづいて
塞がる世界で
甘いかなしい夢を見ていた


2018.11.20 him&any


©2018 him&any


Decemberや師走という12月の呼び方のさらに別名を考えてみた結果としての山下達郎

さて、

12月ですね。

英語では December です。

日本では「師走」ともいいますね。

「師」というのは僧侶のことらしく、

僧侶が忙しくて走り回っているから「師走」

という説もあるそうです。

あとは、四季が終わるという意味で「四極(シハツ)」

という説もあるそうです。

言葉の由来はおもしろいですね。

December  の由来はというと

10番目の月、という意味だそうです。

不思議ですね。

そこで

新しい12月の呼び方を考えてみました。

思いついたのがこちら↓

「Tatsuro」

日本語表記だと「たつろう」ですね。

あの有名な山下達郎の「たつろう」です。

もう12月といえば必ず

山下達郎の「クリスマス・イブ」を聴くので

この曲は「師走」の師くらい

街中を走り回っているのではないでしょうか。

この曲とても好きです。



2018.12.1 him&any


©︎2018 him&any