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「全然だいじょうぶ」という言い方




全然 大丈夫、という言い方。「全然」という言葉。
これはこれでありなんじゃないか、という記事です。

「全然」という言葉は、何かを強調する言葉です。
品詞でいうと「副詞」だそうです。

うしろに否定することばを一緒に使うことで、
「全然~ない」という形になり、「まったく~ない」という
強調した否定になります。


全然おもしろくない
全然おいしくない
全然大丈夫じゃない

そして、会話で誰かのことばに返事をするときには
「~ない」を使わなくても、「全然」と言うだけで
「否定しているんだな」というのがわかります。


・「それ、おもしろい?」「全然」⇒まったくおもしろくない
・「それ、おいしい?」「全然」⇒まったくおいしくない
・「大丈夫?」「全然」⇒まったくだいじょうぶじゃない

このような前提があるので、「全然」ということばを
「否定ではないところ」で使うと「おや?」と違和感を感じます。

それで、「ことばの使い方がおかしい!」となります。


・全然おもしろい!
   ⇒おもしろくないってことかと思ったら、おもしろいのかよ!
・全然おいしい!
   ⇒おいしくないってことかと思ったら、おいしいのかよ!
・全然だいじょうぶ!
   ⇒だいじょうぶじゃないってことかと思ったら、大丈夫なのかよ!

この「違和感」が「ことばの使い方がおかしい!乱れている!」という
批判のもとになるわけです。


さらにいうと、
上記の例でも分かるように
「全然おいしい」ということばを言われたときに、

言われたほうは、
「全然」
というフレーズまで聞いたところで、
『全然~ない』という大前提が頭にあるので、

当然、そのあとに続く言葉は「おいしくない」であると想像して、
「えっ?全然おいしくないのか、ショック。。」
と思います。

これは一瞬のできごとですが、確実にそう思います。

ですが、すぐに「おいしい」と言われて
「あ、なんだ、おいしいのか、よかった」と安心します。

でも一度は(一瞬は)ショックをうけるわけです。

この「心のゆさぶり」をうけたことや前半のショックが、
なおさら「ことばの使い方がおかしい!」と批判したくなる要因になります。

そういう意味では、まあ確かによくないんでしょうね。

でも、「全然」という言葉の中に「否定」が含まれていることを
大前提としていて、その「否定」の部分を省略しても
会話が成り立つことを大前提とするなら、
「分かりきっていることは省略する」というのが会話言葉の流れなので
以下のようなことが考えられます。

例1
・「クッキー作ったんだけど、おいしいかな?」「全然おいしい!」

これはストレートに「おいしい!」というだけではなく、
「(おいしいかどうか心配しているようだけど、心配の必要なく)おいしい!」
という否定を含む「おいしい!」になっているのではないでしょうか?

「全然(=全然心配する必要なんてないよ)、おいしい!」
という気持ちをふわっと省略しているような気がします。

例2
・(観光地にて)「わー、この人形、全然かわいい!」

これもストレートに、ただ単に「かわいい」と言うのではなく、

「ここまでわざわざ旅行にきたのにかわいくなかったらどうしよう」
という心配を心の中に持ちつつ旅行にきていたが、
見てみると本当にかわいいものだったので
「全然(=全然心配の必要なく)、かわいい!」

という心の流れが含まれる気がします。

あるいは、
「前に見に来ていた誰それはかわいくないって言ってたなあ」
という心配や不安もあったかもしれません。

そういった心配や不安を打ち消す意味
「全然かわいい!」の「全然」に含まれていると
考えるのもいいのではないだろうか、という気がします。

例3
・(転んだ時に)

 それを見ていた誰か:「大丈夫?」
 わたし:「全然だいじょうぶっす!」

これもそうですね。

「大丈夫?」という問いかけの中に
「痛くないかい?怪我してないかい?」という意味が含まれています。
それに対して
全然痛くないです。全然怪我してないです。」
という意味を含めて
「全然だいじょうぶっす!」
と返事するわけです。

つまり、相手の省略されたことば(気持ち)に対して
「〜ない」という呼応部分を省略することで返答しているわけです。

省略されたものに省略で返答するわけですね。

省略と省略の応酬です。
マンガでいうと常人には見えない何かと何かで戦うような感じです。

これは非常に高度な言葉と気持ちのやりとりなわけです。

ということで、
「全然だいじょうぶ」という言い方も
それはそれでありなんじゃないか、という記事でした。

ちなみに最後の例文の「全然だいじょうぶっす」というのは
私がよく使ってしまうので、あえて入れてあります。
ときどき、目上の人にもそう言ってしまいます。

落ち着いて
「全然痛くないです。大丈夫です。ご心配ありがとうございます。」
と言うことができればいいんですけどね。

さらにちなみに
「全然だいじょうぶ」という言い方は
クレヨンしんちゃんの映画(サボテンのやつ)を見てから
頻繁に使うようになりました。個人的に。
あのキャラは好きでした。


2017.10.20 him&any

©2017 him&any



 

コメント

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ごんぎつね 解釈

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つまり、この物語の「語り手」は「わたし」です。
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では「茂平というおじいさん」がさらにもとにした話は誰が語ったのか?
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これは本文にでてこないので分かりません。個人的には、
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それでは、
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という流れです。

つまり、この物語の全ての元は、兵十です。

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ということは知りません。
「葬式の場面を目撃した」ことも、「ごんが何をどう思ったのか」も知りません。
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「ごんがうなぎを盗んだこと」
「家に侵入したこと(同時に栗を持ってきたのがごんだと推測)」
「ごんが、ぐったりと目をつぶったまま、う…

Twitterと組み合わせると力を発揮しそうなnoteというサービスについて思ったことを書きました

note というサービスで曲を紹介してみた。(※文章下部に追記あり)

埋め込みの形で共有ができるみたいなので
テスト的に貼り付けてみた。


(※うまく貼り付けられなかったのでリンク削除した)


どんな感じになるのかちょっとよくわからないけど。

使ってみると note は「売り場」のための「場所」として
効果を発揮するサービスのような気がします。

その中で何かつながりを広げたりするのではなくて
(もちろんフォローやいいねの機能もありますが)
「売り場」として曲やテキストなどを置いて
「外」から誰かが買いに来る場所
のような気がします。

「外」というのはTwitterやFacebookなどの
「つながりができるけど、その中で売り買いはできない」
タイプのSNSです。

だからTwitterとnoteをうまく組み合わせて
使うといいんだろうなぁと
思いました。

him&any としては販売はしないので
単純に「作品を置く場所」という感じになると思います。

そうなると前からあるSoundCloudやYouTubeとの
差があまり無くなってしまうなぁ。

2018.11.17 him&any

©︎2018 him&any



というふうに11.17に書いたのだけれども
少し使ってみて違うなと思ったので追記します。

noteはけっこうおもしろい記事や漫画や写真に出会いやすい
場所だと思いました。

なんといっても何か作ったり書いたり描いたりしている
人たちばかりが集まっているので
すべての記事が何かしらの「作品」であるような
感じがしました。
音楽や写真やイラストや小説やマンガや音声記事だけでなく
エッセイやブログのような記事も
ひとつの文章作品としてそこにある気がしました。

ということでけっこう良い感じだと思います。

また例えば販売をしたいとか
自身の作品の金銭的価値をはかりたいとか
著作者としての権利を守るために
一定の基準を設けておきたいという人にとっては
記事に値段をつけたり
無料と有料の部分を設定したり
その中だけで販売を完結することができる
noteという仕組みはかなり良い感じだと思います。

「コミュニケーション」に重きをおいたツールとしては
おそらくTwitterにはかなわないという部分は
上記の文章にも書いた通りですが
作品を置いておく…

恋がふりつもる夜 20秒Cメロのみ

him&any「恋がふりつもる夜」20秒Cメロのみです。
短いので聴いていただけると嬉しいです。

ずいぶん前に作った曲ですが、
最近win10のフォトで何とか20秒の紹介動画をつくりました。

「ふりつもる」という言葉の連想から
「雪」の3D効果を使いました。冬っぽい感じになりました。
短いので見ていただけると嬉しいです。

歌詞

ゆれる不安と希望に
惑いつまづいて
塞がる世界で
甘いかなしい夢を見ていた


2018.11.20 him&any


©2018 him&any


Decemberや師走という12月の呼び方のさらに別名を考えてみた結果としての山下達郎

さて、

12月ですね。

英語では December です。

日本では「師走」ともいいますね。

「師」というのは僧侶のことらしく、

僧侶が忙しくて走り回っているから「師走」

という説もあるそうです。

あとは、四季が終わるという意味で「四極(シハツ)」

という説もあるそうです。

言葉の由来はおもしろいですね。

December  の由来はというと

10番目の月、という意味だそうです。

不思議ですね。

そこで

新しい12月の呼び方を考えてみました。

思いついたのがこちら↓

「Tatsuro」

日本語表記だと「たつろう」ですね。

あの有名な山下達郎の「たつろう」です。

もう12月といえば必ず

山下達郎の「クリスマス・イブ」を聴くので

この曲は「師走」の師くらい

街中を走り回っているのではないでしょうか。

この曲とても好きです。



2018.12.1 him&any


©︎2018 him&any