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10月, 2017の投稿を表示しています

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みんな背中に

みんな背中に

希望という名の羽を
持っている

その羽は
眩しいほどに

輝いている

透明な光の流水が
溢れている

その光は
影を生みだす

その影は
あなた自身の影

希望が
光が輝けば輝くほど

影は深い
深い影となる

あなたがうつむくと
その影しか見えないかもしれない

あなたが見上げると
影は見えなくなる

高い高い 空が見える

背中に輝く光を
感じることができる

あなたは希望を広げ
眩しい 眩しい羽ばたきをもって
輝きをまとって
浮かぶ

影は少しずつ小さな丸になって
あなたは影もひきつれて
輝きをまとって


2017.10.28 him&any


©︎2017 him&any

「全然だいじょうぶ」という言い方

イメージ
全然 大丈夫、という言い方。「全然」という言葉。
これはこれでありなんじゃないか、という記事です。

「全然」という言葉は、何かを強調する言葉です。
品詞でいうと「副詞」だそうです。

うしろに否定することばを一緒に使うことで、
「全然~ない」という形になり、「まったく~ない」という
強調した否定になります。


・全然おもしろくない
・全然おいしくない
・全然大丈夫じゃない

そして、会話で誰かのことばに返事をするときには
「~ない」を使わなくても、「全然」と言うだけで
「否定しているんだな」というのがわかります。


・「それ、おもしろい?」「全然」⇒まったくおもしろくない
・「それ、おいしい?」「全然」⇒まったくおいしくない
・「大丈夫?」「全然」⇒まったくだいじょうぶじゃない

このような前提があるので、「全然」ということばを
「否定ではないところ」で使うと「おや?」と違和感を感じます。

それで、「ことばの使い方がおかしい!」となります。


・全然おもしろい!
   ⇒おもしろくないってことかと思ったら、おもしろいのかよ!
・全然おいしい!
   ⇒おいしくないってことかと思ったら、おいしいのかよ!
・全然だいじょうぶ!
   ⇒だいじょうぶじゃないってことかと思ったら、大丈夫なのかよ!

この「違和感」が「ことばの使い方がおかしい!乱れている!」という
批判のもとになるわけです。


さらにいうと、
上記の例でも分かるように
「全然おいしい」ということばを言われたときに、

言われたほうは、
「全然」
というフレーズまで聞いたところで、
『全然~ない』という大前提が頭にあるので、

当然、そのあとに続く言葉は「おいしくない」であると想像して、
「えっ?全然おいしくないのか、ショック。。」
と思います。

これは一瞬のできごとですが、確実にそう思います。

ですが、すぐに「おいしい」と言われて
「あ、なんだ、おいしいのか、よかった」と安心します。

でも一度は(一瞬は)ショックをうけるわけです。

この「心のゆさぶり」をうけたことや前半のショックが、
なおさら「ことばの使い方がおかしい!」と批判したくなる要因になります。

そういう意味では、まあ確かによくないんでしょうね。

でも、「全然」という言葉の中に「否定」が含まれていることを
大前提としていて、その「否定」の部分を省略して…

誰でもなく

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僕はもう
ここにいなくて

どこか別の場所にいたくて
どこの場所でもない

たぶん

僕はもう

誰かではなく
どこの誰でもなく

僕でもなく

誰でもありたくないし
どこにも居たくないのだろう


2017.10.16 him&any

©︎2017 him&any


ごんぎつね 解釈

突然ですが、
『ごんぎつね』(新美南吉)の解釈をしてみました。
(個人的な想像をかなり含みます)

「『ごんぎつね』は「兵十」による「ごん」への哀悼の物語である。」

これが結論です。

そう思った理由は冒頭の一行です。
「これは、わたしが小さいときに村の茂平というおじいさんからきいたお話です」
この物語はこの文章から始まります。

つまり、この物語の「語り手」は「わたし」です。
「わたし」は「茂平というおじいさん」からこの話を聞き、
それを、読者に向かって語ります。
そのため、物語の中の言葉はすべて「わたし」の語っている言葉です。
兵十の言葉も、ごんの言葉も「わたし」の言葉です。
「小さいとき」に「茂平というおじいさん」からきいたお話を
大人になった「わたし」が語っているため、物語全体には「わたし」による
再構築も含まれることになります。

「わたし」がもとにしたお話しは「茂平というおじいさん」のお話しです。

では「茂平というおじいさん」がさらにもとにした話は誰が語ったのか?
「茂平」は誰からこの話を聞いたのか?
これは本文にでてこないので分かりません。個人的には、
兵十や加平など「物語のリアルタイムの時間帯にいた人」から聞いたのだと推測します。

それでは、「物語のリアルタイムの時間帯にいた人」が
「茂平に語ったお話」の原型をつくったのは誰か?
それは「兵十」です。この物語を体験したのは唯一、兵十だけです。
兵十が誰かに自分の体験を物語ったのが発端となります。

時系列でまとめると、

兵十がごんとの出来事を体験する(きっかけ)

兵十が出来事の意味を考える(話の原型)

その体験を誰かに話す(原型の完成、および「物語」化)

茂平がその話を聞く(茂平の物語となる)

わたしが茂平からその話を聞く(わたしの物語となる)

という流れです。

つまり、この物語の全ての元は、兵十です。

兵十は、「自分と加助が話をしているのをごんが聞いていた」
ということは知りません。
「葬式の場面を目撃した」ことも、「ごんが何をどう思ったのか」も知りません。
兵十がごんについて知っているのは、
「ごんがひとりぼっちのきつねでいたずらをすること」
「ごんがうなぎを盗んだこと」
「家に侵入したこと(同時に栗を持ってきたのがごんだと推測)」
「ごんが、ぐったりと目をつぶったまま、うなづいたこと」