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・Google翻訳ボタンについての注記 【Notes on Google Translate Button】

・Googleの誇る翻訳機能をこのボタンで使用できます(PC版のみ)。好みの言語でどうぞ。ブログの筆者は日本語しか分からないので、翻訳の結果が、その言語においてどのような意味の文章になるのかまでは、分かりません。

・Google翻訳のボタンは、Googleによる機械的な翻訳を実行する機能であり、Googleが運営している機能です。Googleによる機械的な翻訳は、日本語の原文によるhim&any blog(以下、このブログと表記)全体を任意の言語に翻訳します。翻訳プログラムの規則に則った機械的な翻訳のため、その翻訳において特定の人為的な意図は一切存在しません。

・Google翻訳のボタンによる機械的な翻訳においては、このブログの筆者であるhim&any(以下、このブログの筆者と表記)のいかなる意図も介在しません。

・Google翻訳のボタンによる機械的な翻訳によって表示される翻訳後の文章内容に対し、このブログの筆者は一切の責任を負いません。

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・このブログの筆者は、より多くの言語圏の読者にこのブログを読んでもらうための手段のひとつとして、Google翻訳のボタンをブログ内に設置しています。また、機械的翻訳の技術力の検証材料としての使用も期待して設置しています。さらに、機械的翻訳による人智の及ばない偶発的な誤変換を、言葉の上での表現変化の面白みとしてとらえることができる場合、今後の創作活動の糧とすることができるのではないかと期待して設置しています。

・このブログ内のGoogle翻訳ボタンの利用については、上記の内容について理解、了承の上で利用していただくものとします。

・Google翻訳ボタンの使い方
 1、ボタンをクリックします
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・その他ブログ内の機能面での不具合等についてもブログの筆者は一切の責任を負いません。このブログの筆者による投稿における日本語による原文において、誤字脱字の他、表現上の問題がある場合は、コメント欄等を利用してお知らせください。該当箇所の確認後、訂正および削除をもって問題解消に対する対応とさせていただきます。

2017.2.8 him&any

©2017 him&any

コメント

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タガがはずれる・ハメをはずす・ハネをのばす 比較

◆前置き  自由詩「夢の中の配役」の中で、「理性のタガがはずれる」という言い方をしたときに、同時に浮かんだ3つの表現について比較してみます。  3つの表現とは、タガがはずれる、ハメをはずす、ハネをのばす、です。  あくまでも個人の感想です。語源の検証や、用例の正確さを保証する内容ではありません。あくまでも個人の感想ですので、例えばテストで、この3つの表現について意見を述べよ、という問題が出て、このブログを参考に答案を書いて、不正解だったとしても、責任は負えません。先生に、him&anyのブログにそう書いてあったのに、と言ってもおそらく効果はありません。むしろ逆効果かもしれません。ご注意ください。 ◆タガがはずれる  漢字だと、箍が外れる、と書くようです。こんな漢字だとは知りませんでした。日本語を勉強中の皆さん、この漢字を知らなくても、少なくとも数十年は問題なく日本で生活できることが今ここで証明されたので、ご安心ください。  意味は、しめつけや枠組みがなくなることのようです。ひつじ牧場の、囲いの柵がなくなるようなイメージですね。ひつじ達はどこにでも行くことができます。  理性のタガがはずれる、ということは、理性によるしめつけや枠組みがなくなる、ということです。理性にしめつけられているのは本能ですね。本能が自由に振る舞うことができる、という意味になります。  本能が自由に振る舞うということは、つまり、自然、ということでしょうか。いわゆる社会的規範や常識的行動、あるいは公序良俗といったものにとらわれない、ということになります。  「あいつはタガがはずれちゃったんだよ」なんて言うときは、何かの原因があって、振る舞いに良識を感じられなくなる、という意味になります。  でも、人間の「自然」って、本能が自由に振る舞うだけではない気がします。本能もあり、理性もあるというのが現在の人間の脳の構造であるなら、どちらも有効に機能できている状態が、自然、なのかもしれません。 ◆ハメをはずす   漢字だと、羽目を外す、と書くようです。ただ、もともとは「馬銜」と書いたようです。「馬銜」というのは、馬の口に噛ませて馬の動きを制御するものだそうです。「馬銜」は「ハミ」とも「ハメ」とも読むそうです。そこから、「羽目」の漢字をあ...

ASKA "Too many people" 感想 Be free

ASKAさんのアルバム"Too many people"の感想その2です。 今回は2曲目のBe freeです。 前の記事と同じくたいしたことは書けませんが ある意味ネタバレになるので 「まだ聴いていないんだからなんの情報も知りたくない」 という人もいると思うので 各人の責任においてこの先を読むかどうかの判断を お願いいたします。 ◇ ◇ □ ◇◇ ◇ □ ◇ ◇◇ ◇ ◇ 2曲目は 「Be free」という曲です。 ピアノとボーカルの印象的なテンポの歌い出しから始まります。 歌の構成というと、ふつうAメロ → Bメロ → サビ という進み方をするのですが この曲のAメロはとても印象的で、 サビであってもおかしくないほどに印象的で気持ちいい。 なので サビ → Bメロ → サビ → Bメロ → 別のサビ と進んでいるような感じで聴いています。 といってもBメロもこれはこれでサビかと思うくらいの良いメロディーです。 ところでこのAメロ&サビのような冒頭の部分は 「夢の番人」を彷彿させる雰囲気だと思いました。 「夢の番人」はCHAGE&ASKAのアルバム「RED HILL」に収録されています。 シングル「YAH YAH YAH」の両A面のもう1曲目としても収録されています。 とはいえ、「夢の番人」とは違って 上記の「Bメロ」に入ったところで、パッと曲調と雰囲気が変わります。 ゆったり、やさしく、たおやかな感じになります。 ただ、歌詞は、けっこう「たおやか」ではない感じがしますね。 決しておだやかではない心境をやわらかく表現している気がします。 報道等でASKAさんの事件や経緯を知っているからこそ いろいろ意味をこめられているなあという気がします。 そう思うと、昔のCHAGE&ASKAの頃よりは 抽象的な感じが減って、より直接的な歌になっている気もします。 ところで、この「Be free」の中での曲調の変化の仕方は ASKAさんのソロ「草原にソファをおいて」に通じるものを感じます。 ソロアルバム「ONE」に収録されています。 こちらは逆にAメロとBメロがたおやかな感じで、サビ前のCメロが 急にドラムが入って力強い感じになりま...

ごんぎつね 解釈

突然ですが、 『ごんぎつね』(新美南吉)の解釈をしてみました。 (個人的な想像をかなり含みます) 「『ごんぎつね』は「兵十」による「ごん」への哀悼の物語である。」 これが結論です。 そう思った理由は冒頭の一行です。 「これは、わたしが小さいときに村の茂平というおじいさんからきいたお話です」 この物語はこの文章から始まります。 つまり、この物語の「語り手」は「わたし」です。 「わたし」は「茂平というおじいさん」からこの話を聞き、 それを、読者に向かって語ります。 そのため、物語の中の言葉はすべて「わたし」の語っている言葉です。 兵十の言葉も、ごんの言葉も「わたし」の言葉です。 「小さいとき」に「茂平というおじいさん」からきいたお話を 大人になった「わたし」が語っているため、物語全体には「わたし」による 再構築も含まれることになります。 「わたし」が『もと』にしたお話しは「茂平というおじいさん」のお話しです。 では「茂平というおじいさん」がさらに『もと』にした話は誰が語ったのか? 「茂平」は誰からこの話を聞いたのか? これは本文にでてこないので分かりません。個人的には、 兵十や加平など「物語のリアルタイムの時間帯にいた人」から聞いたのだと推測します。 それでは、 「物語のリアルタイムの時間帯にいた人が茂平に語ったお話」 の原型をつくったのは誰か? それは「兵十」です。この物語を体験したのは唯一、兵十だけです。 兵十が誰かに自分の体験を物語ったのが発端となります。 時系列でまとめると、 兵十がごんとの出来事を体験する(きっかけ) ↓ 兵十が出来事の意味を考える(話の原型) ↓ その体験を誰かに話す(原型の完成、および「物語」化) ↓ 茂平というおじいさんがその話を聞く(茂平の物語となる) ↓ わたしが茂平からその話を聞く(わたしの物語となる) という流れです。 つまり、この物語の全ての元は、兵十です。 物語の中で、 兵十と加助が話をしているのをごんが聞いている、 という場面がありますが、 兵十は、「自分と加助が話をしているのをごんが聞いていた」 ということは知りません。 「ごんが実は葬式の場面を目撃した」ことも、 「ごんが何をどう思ったのか」も知りません。 ...

眩しい朝日に

夢の中に あの人がいて たわいもない 話をした 昔と同じように 話をした 落ち込む心を 沈む気持ちを 励ましてくれるように ふと 目を覚まして ため息 カーテンをあけた 眩しい朝日に 目を閉じた そして 深呼吸 また会いたい ありがとう そして 深呼吸 よし 行こうか 2017.4.1 him&any ©︎2017 him&any

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