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・Google翻訳ボタンについての注記 【Notes on Google Translate Button】

・Googleの誇る翻訳機能をこのボタンで使用できます(PC版のみ)。好みの言語でどうぞ。ブログの筆者は日本語しか分からないので、翻訳の結果が、その言語においてどのような意味の文章になるのかまでは、分かりません。

・Google翻訳のボタンは、Googleによる機械的な翻訳を実行する機能であり、Googleが運営している機能です。Googleによる機械的な翻訳は、日本語の原文によるhim&any blog(以下、このブログと表記)全体を任意の言語に翻訳します。翻訳プログラムの規則に則った機械的な翻訳のため、その翻訳において特定の人為的な意図は一切存在しません。

・Google翻訳のボタンによる機械的な翻訳においては、このブログの筆者であるhim&any(以下、このブログの筆者と表記)のいかなる意図も介在しません。

・Google翻訳のボタンによる機械的な翻訳によって表示される翻訳後の文章内容に対し、このブログの筆者は一切の責任を負いません。

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・このブログの筆者は、より多くの言語圏の読者にこのブログを読んでもらうための手段のひとつとして、Google翻訳のボタンをブログ内に設置しています。また、機械的翻訳の技術力の検証材料としての使用も期待して設置しています。さらに、機械的翻訳による人智の及ばない偶発的な誤変換を、言葉の上での表現変化の面白みとしてとらえることができる場合、今後の創作活動の糧とすることができるのではないかと期待して設置しています。

・このブログ内のGoogle翻訳ボタンの利用については、上記の内容について理解、了承の上で利用していただくものとします。

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・その他ブログ内の機能面での不具合等についてもブログの筆者は一切の責任を負いません。このブログの筆者による投稿における日本語による原文において、誤字脱字の他、表現上の問題がある場合は、コメント欄等を利用してお知らせください。該当箇所の確認後、訂正および削除をもって問題解消に対する対応とさせていただきます。

2017.2.8 him&any

©2017 him&any

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子どもの頃の未来に

子どもの頃の未来に今僕はいる。 僕の未来にはドラえもんはいなかった。 でもスマホ、ドローン、自動翻訳…少しずつドラえもんに近づいている。 今の子どもたちのさらに子どもの未来にはドラえもんがいるかもしれない。 そのためにも僕は少しでも未来の明るい社会であるように現実の中で何か努力をしたい。 2018.3.2 him&any ©︎2018 him&any

ASKA「止まった時計」

ASKAの「止まった時計」という曲が好きである。 わりとスローテンポなバラード(?)であるが なんだか神秘的で幽玄な雰囲気のイントロから始まり オーケストラ(?)のようなアレンジが ぐうっと心をもっていくように感じるのである。 特に後半の最後のサビあたりのもっていくパワーはものすごい。 ASKAの独特の「ぅぅわぁぁぁああ」という感じの 歌声によるもっていくパワーとストリングスが重なって 「もっていかれる」のである。 ちなみにイントロがけっこう長くて 歌が始まるまで約1分20秒。 これを長いと感じるかどうかであるが このイントロをジックリ聴くことでASKAの歌いだしの第一声に すーっと入っていくことができるのだと思う。 第一声の歌詞の内容的にもこの長いイントロは意味を含む気がする。 なのでこのイントロは「必要」で「必然的」な長さなのだと思う。 これはたぶん「ものすごく長い小説」を読むときの気持ちに 近いかもしれない。 小説世界の内容の良し悪しはもちろんではあるが、 その「長い小説」の場合は、「長さ」が重要なので、 その「長さ」を読者として「通過」することで 目にすることができる世界があるのである(たぶん)。 歌詞の内容は恋愛の歌詞であると思う。 もしかしたら恋愛という設定を借りたもっと別の 意味があるのかもしれないけどそれは私には分からない。 たぶん女性目線での恋愛に関しての歌詞だと思うけれど それを女性が聴くと確かにそうだねと思うのだろうか。 あるいはもっとあっさりしているよと思うのだろうか。 これだけ時間と心を費やして聴く曲であるということは 夜にじっとり聴くのにとても良い曲なので、 忙しい時にサクッとサビまで聴きたいような気持ちの時は あまりセレクトされない曲である(私の中で)。 この曲は「SCENE2」というアルバムに収録されている。 調べてみたら1991年。CHAGE&ASKAの「SEY YES」という曲が 爆発的にヒットした年でもあるらしいので、 おそらくASKAのソロアルバムの中では一般的な認知度も 高いかもしれない。 このアルバムには他にもいい曲が多い。 私の人生においてもときどき「止まった」期間があるように思う。 今はたぶんその中にいる気がする。 ...

僕は失意の中で

音楽の中に沈んでいるのだった 僕は失意の中で それを聴くのだった 忘れていた それは僕じゃなくて やさしい風だった それは僕じゃなくて 忘れていた 僕は失意の中で 音楽に沈んでいるのだった それは僕じゃなくて あたたかい声だった その何かも届かないところで 沈み込んで冷たく固まっている 魂だからこそ 聴こえるのだった 僕は失意の中でいつもずっと それは僕じゃなくて

次々に分岐しながら広がるように。

水が流れる先を探して隙間から隙間へとたどって流れていくように人生を生きてきた。傾きがあるからこそ次の場所に進めたのかもしれない。ずいぶん長い下り坂をくだってきたようだ。あちこちに曲がりながら流れやすい場所を探しながら。気がついたらこんな場所にいた。最初と今のつながりを辿ってもどこでどうやってここまでつながってきたのかわからない。でも植物の根が次々に分岐しながら広がるように時間は流れていく。途中で硬い石にぶつかればそこでまた分岐して先へ先へと水のある場所を求めて進んでいく。その水がどこに送られているのかも知らない。今ごろ地上では輝かしい太陽の光の下で花を咲かせているのかもしれない。冷たい雪の下で春を待っているのかもしれない。でもそんなことは知らない。今見えるのはどこまでも続く土の中の暗闇と時々ぶつかる石ばかりだ。今もまた石にぶつかって分岐して進んでいく。今いるのはあるいはこちらの根かもしれない。あるいはあちらの根かもしれない。分岐して土の暗闇の中へ進んでいったのはもしかしたら自分ではないだろうか。深い深い土の暗闇の中で触れあった水に手を添えてそっと抱きしめて溶けあう。 2018.12.18 him&any ©︎2018 him&any

him&any 恋がふりつもる夜 歌詞

それはまるで おとぎ話のような やわらかく光る風に 包まれて静寂あふれる夜 あきらめてひとり 歩く夜の足もと ぽつり 見上げるとまるで夢の ような景色が あふれたんだ そう それは降り落ちる恋の 見える夜 あちらこちらに 切ない うれしいが 今はもう 三日月も星座も見えないけれど こんな 恋がふりつもる夜 あなたはまぶたをふせて 恋がふりつもる夜 あなたは何を悲しむの 胸の奥に 深く閉じ込めて うつむいた横顔 ここには もう いないから 手をのばさなくていい 触れそうなそばで届かなかった そう それは心の飽和した夜 あふれた痛みが 洗い流し 透き通る その弱さも やさしさも 鮮やかに浮かぶような こんな 恋がふりつもる夜 寄り添う傘 遠く揺れて 恋がふりつもる夜 それは たぶんそのままでいいと 声にならない 歌かすれたまま 揺れる不安と希望に 惑いつまずいて 塞がる世界で甘い哀しい夢を見ていた 聞こえない 見えないような 平気さを装って 可能性の残像 それは そっとそのままにして 風を見送って 星の輝くほうへ him&any 2018.12.15 ©2018 him&any  

覚え書き

いつだってその外側に身をおいているようにするんだよ そうつぶやいて 風に溶けて (覚え書き) 2018.12.17 him&any ©︎2018 him&any

Love is sadness 恋は悲しさです

なぜ先日から 「恋は悲しさ」とか 「恋しいと悲しいは似ている」とか 言っているかというと 「恋」と「悲しい」という 一見すると(喜び)←→(悲しみ)の両端にいるような 言葉が とても似ているということに 気が付いたからです。 なにか面白いものがあると 「ねぇ、聞いて聞いて」と言う子どものように 自分の発見を伝えたいのです。 発見とはつまり おそらく「恋」は「悲しみ」に含まれます。 ということです。 図で示すと  ーーーー悲しみーーーーーー |             | |             | |     ---恋ーーーーーー |    |          | |    |          | |     ---------- ーーーーーーーーーーーーーー| こんな感じかと 思います。 多少はみだしているのは、 やはり「悲しみの中におさまらない恋」も あるのではないかという …保険です。 「恋」というのは 「遠く手に届いていないものへのあこがれ」 だと思います。 だから「愛」とは違うと思います。 「恋人同士」 として手をつないでいても 「その手はいつ離れてしまうかもしれない」 「あなたは違うことを思っているかもしれない」 という「距離感」がありますよね。 たぶん。 だから「恋」だと思うのです。 「もう夫婦を10年もやってますよー」 というふたりは 「距離感も含めて相手と自分の場所ができている」から 「手に届かないもの」ではなくて「愛情」が 生まれているのではないかと思います。 ぜんぶ想像ですが。 ということで「恋は悲しみの一部である」という発見をもとに 「恋は悲しさです」「Love is sadness」 という発見の報告でした。 2018.12.13 him&any ©2018 him&any