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僕は失意の中で


音楽の中に沈んでいるのだった

僕は失意の中で

それを聴くのだった

忘れていた

それは僕じゃなくて

やさしい風だった

それは僕じゃなくて

忘れていた

僕は失意の中で

音楽に沈んでいるのだった

それは僕じゃなくて

あたたかい声だった

その何かも届かないところで

沈み込んで冷たく固まっている

魂だからこそ

聴こえるのだった

僕は失意の中でいつもずっと

それは僕じゃなくて


コメント

このブログの人気の投稿

タガがはずれる・ハメをはずす・ハネをのばす 比較

◆前置き
 自由詩「夢の中の配役」の中で、「理性のタガがはずれる」という言い方をしたときに、同時に浮かんだ3つの表現について比較してみます。

 3つの表現とは、タガがはずれる、ハメをはずす、ハネをのばす、です。

 あくまでも個人の感想です。語源の検証や、用例の正確さを保証する内容ではありません。あくまでも個人の感想ですので、例えばテストで、この3つの表現について意見を述べよ、という問題が出て、このブログを参考に答案を書いて、不正解だったとしても、責任は負えません。先生に、him&anyのブログにそう書いてあったのに、と言ってもおそらく効果はありません。むしろ逆効果かもしれません。ご注意ください。


◆タガがはずれる
 漢字だと、箍が外れる、と書くようです。こんな漢字だとは知りませんでした。日本語を勉強中の皆さん、この漢字を知らなくても、少なくとも数十年は問題なく日本で生活できることが今ここで証明されたので、ご安心ください。

 意味は、しめつけや枠組みがなくなることのようです。ひつじ牧場の、囲いの柵がなくなるようなイメージですね。ひつじ達はどこにでも行くことができます。

 理性のタガがはずれる、ということは、理性によるしめつけや枠組みがなくなる、ということです。理性にしめつけられているのは本能ですね。本能が自由に振る舞うことができる、という意味になります。

 本能が自由に振る舞うということは、つまり、自然、ということでしょうか。いわゆる社会的規範や常識的行動、あるいは公序良俗といったものにとらわれない、ということになります。

 「あいつはタガがはずれちゃったんだよ」なんて言うときは、何かの原因があって、振る舞いに良識を感じられなくなる、という意味になります。

 でも、人間の「自然」って、本能が自由に振る舞うだけではない気がします。本能もあり、理性もあるというのが現在の人間の脳の構造であるなら、どちらも有効に機能できている状態が、自然、なのかもしれません。


◆ハメをはずす
  漢字だと、羽目を外す、と書くようです。ただ、もともとは「馬銜」と書いたようです。「馬銜」というのは、馬の口に噛ませて馬の動きを制御するものだそうです。「馬銜」は「ハミ」とも「ハメ」とも読むそうです。そこから、「羽目」の漢字をあてることになったそうです。

 もともとの「馬を制御する」という意味から分かるように「羽目を…

TuneCore Japan で 「LinkCore」 というサービスが始まった

「TuneCore Japan」 で 「LinkCore」 というサービスが始まった。

「LinkCore」とは
TuneCore Japanから配信しているリリースについて
すべての配信先をひとまとめにリンクしたサービス、ということだ。

詳細はこちら→ LinkCore

実際のLinkCoreの画面は
上にシェアボタンと曲のジャケットがあり
その下に配信されているサービスへのリンクが並んでいる。

とても見やすい。

これは確かにとても便利だ。
これまでは個々の配信先のリンクをツイッターに載せたりしていたが

この「LinkCore」を使うと
いちどにすべての配信先を紹介することができる。

このサービスの何がすごいかというと
「こういう機能があったらいいのになあ、と明確には
意識していなかったものの、無意識に何となく求めていたものを
サービスとして具現化したところ」
だと思う。

実際、このサービスがなくても、TuneCoreの中の
アーティストページのURLを貼っておけば、
そこから、各配信楽曲の配信先のサイトのロゴをクリックすることで
配信先に飛ぶことはできた。

しかしながら、「LinkCore」という「サービス」として
機能させることで、「聴いてもらうための作業」の中の
ワンステップの簡略化に成功していると思う。

配信する側としては「シェアする」のボタンひとつでシェアができる。
宣伝が楽になる。これは確かに簡略化だろうと思う。

聴く側としては、シェアされた画面の中から自分が利用している
音楽サービスを選択することで聴くことができる。
これもナイスアイデアだと思う。

とはいえ、
「LinkCore」と「アーティストページのURL貼り付け」では
聴く側の作業回数自体は実は変わっておらず、
「アドレスをクリック」→「音楽サービスへのリンクをクリック」
という2回の作業が必要になる。

(あれ?簡略化してないじゃない?)

(と、今、思ったので、もう少し理屈を述べることにする。)


「アドレスをクリック」した際に目にする画面で
「ああ、このリンクをクリックすれば聴けるんだな」
という理解という点で「LinkCore」のほうが直感的に分かりやすい。

しかも「シェアする」ボタンも見えやすいので
聴いた人が気に入ったら、さらにそれをすぐにシェアしやすい。

この「分かりやすさ」が
「…

悲と恋 漢字の由来や成り立ち そして意味のつながり そして自分の曲

悲しい と 恋しい

漢字を見ていて何となく似ているなあと
思いました。

下の「心」が同じというだけですが。

成り立ちを調べると

「悲しい」の「非」のところは

・羽を広げた形=左右に分かれる とか
・互いに背を向けた人=左右に分かれる とか

そういう意味があるようです。

それで左右に分かれる心で悲しい
ってことみたいですね。

「恋しい」の「亦」のところは
旧字の「戀」でみると「糸+言+糸」だそうです。

・糸が絡まったような様子 とか
・糸を引きあうような様子 とか

そういう意味があるそうです。

ということで絡まるように引き合う心で恋しい
っていうことになるんでしょうね。

悲は「左右に分かれる」
恋が「引き合い、絡まる」

ということで成り立ちや由来からすると
正反対なんですね。

もちろん、意味も「悲しい」と「恋しい」は
反対な気がしますが、

でも、意味は似ている気がしませんか。

僕は似ている気がします。

恋をすると悲しいとか、
悲しみは恋があればこそ、みたいなところないですか。

感情としてもとても似ている気がするんですね。

だから日本語でいう「愛」と「恋」は
決定的に違う気がします。
(英語ではたぶんどちらも「LOVE」だと思います)

恋とはたぶん悲しいものなんです。

なぜなら「恋をしている」というのは
基本的に相手と「離れている」からです。

「恋人」だって結婚している人ではないので
そのふたりは、まだ離れているわけです。法律的にも。

それに「恋しく思う」のは
その対象が自分から離れているからこそ
「恋しく」感じるのではないかなと思います。

ずっとそばにいて、深いつながりを感じられている状態は
もう「恋」とは呼ばない気がします。

だからこそ「恋」は手に届かなくて遠くにあって
だからこそ綺麗にみえるものなのではないでしょうか。
それはそれで「恋」の良さなんだと思います。

ということで、ツイッターに書いた短詩「悲恋」

「なぜ悲しいのですか」
「まだ恋しいからです」

ということで成り立ちや由来は反対だけど
意味としては反対ではなくつながりがあるような気がする
「悲しい」と「恋しい」についての考察でした。

him&anyの曲「そっと星の色を」の歌詞も
Aメロで「行き場のない悲しみは 心の中に 残って」
と歌っていて
サビで「さよならも言わないまま また会おうねって…

Love is sadness 恋は悲しさです

なぜ先日から
「恋は悲しさ」とか
「恋しいと悲しいは似ている」とか
言っているかというと

「恋」と「悲しい」という
一見すると(喜び)←→(悲しみ)の両端にいるような
言葉が
とても似ているということに
気が付いたからです。

なにか面白いものがあると
「ねぇ、聞いて聞いて」と言う子どものように
自分の発見を伝えたいのです。

発見とはつまり

おそらく「恋」は「悲しみ」に含まれます。

ということです。


図で示すと


 ーーーー悲しみーーーーーー
|             |
|             |
|     ---恋ーーーーーー
|    |          |
|    |          |
|     ----------
ーーーーーーーーーーーーーー|


こんな感じかと
思います。


多少はみだしているのは、
やはり「悲しみの中におさまらない恋」も
あるのではないかという
…保険です。

「恋」というのは
「遠く手に届いていないものへのあこがれ」
だと思います。
だから「愛」とは違うと思います。

「恋人同士」
として手をつないでいても
「その手はいつ離れてしまうかもしれない」
「あなたは違うことを思っているかもしれない」
という「距離感」がありますよね。

たぶん。

だから「恋」だと思うのです。

「もう夫婦を10年もやってますよー」
というふたりは
「距離感も含めて相手と自分の場所ができている」から
「手に届かないもの」ではなくて「愛情」が
生まれているのではないかと思います。

ぜんぶ想像ですが。


ということで「恋は悲しみの一部である」という発見をもとに

「恋は悲しさです」「Love is sadness」

という発見の報告でした。


2018.12.13 him&any


©2018 him&any


CPUとメモリ(RAM)とHDDの関係は、脳神経と海馬と脳全体の関係に似ている

タイトルの通りです。思い付きです。
別に学術的な考察や実験や理論などはありません。

でも、なんとなく、そんな感じがしませんか?

【パソコン】

入力

CPUで処理
一時的にメモリ(RAM)を使用

必要なものはHDDで長期記録


【人】

刺激

脳神経を使って処理
海馬に一時的に記憶

必要なものは脳全体で記憶
(主に大脳新皮質なのかな)


この類似性って
とても不思議な感じがしませんか
僕は興味を惹かれます。

パソコンを作っている人たちが
人間の記憶方法をモデルにパソコンを作っているのか。

あるいは、無意識のうちに
人間の記憶システムをモデルにしていて
そして、いつのまにか
人間の記憶方法と同じようなシステムを
構築してしまったのか。

とても興味を惹かれます。

最近はHDDではなくSSDをメインの記憶媒体として
使用するパソコンも増えてきました。

SSDはフラッシュメモリなどと
同じような仕組みらしいので
海馬に近いのでしょうか。

HDDに書き込みをしないぶんだけ
処理時間が速くなるようです。

これって、今の人間の記憶方法にも
似ている気がしませんか?

昔は、きちんと自分で暗唱できるくらい
文章や語句の意味などを読んだり書いたりして覚えたものです。
ようするにHDDに一生懸命書きこんでいたわけです。

でも最近はスマホやパソコンで調べられるから
あまりきっちり覚えこまなくてもいい。

覚えこむことに時間をとらずに
サクサクと調べて処理して次に進むほうがスムーズ。
記録するならパソコンに入れておけばいい。
音声でもPDFでも。
なんならメモしたものがそのままクラウドに保存できて
さらにそのまま共有できて更新できますね。

そんな処理方法に変わってきている気がします。

これってつまり、
海馬部分だけ(比較的短い記憶だけ)を活用して
脳全体の記憶はデジタルに任せている

SSDだけを活用して
必要な記憶はHDDや外付け媒体などに任せている
というのと
似ている気がしませんか。

そういう感じの類似性に
何となく、興味を惹かれました。

him&anyの2018年最初のブログ記事でした。
今年もよろしくお願いいたします。

2018.1.24 him&any


©2018 him&any

ASKA「止まった時計」

ASKAの「止まった時計」という曲が好きである。

わりとスローテンポなバラード(?)であるが
なんだか神秘的で幽玄な雰囲気のイントロから始まり
オーケストラ(?)のようなアレンジが
ぐうっと心をもっていくように感じるのである。
特に後半の最後のサビあたりのもっていくパワーはものすごい。
ASKAの独特の「ぅぅわぁぁぁああ」という感じの
歌声によるもっていくパワーとストリングスが重なって
「もっていかれる」のである。

ちなみにイントロがけっこう長くて
歌が始まるまで約1分20秒。
これを長いと感じるかどうかであるが
このイントロをジックリ聴くことでASKAの歌いだしの第一声に
すーっと入っていくことができるのだと思う。
第一声の歌詞の内容的にもこの長いイントロは意味を含む気がする。
なのでこのイントロは「必要」で「必然的」な長さなのだと思う。

これはたぶん「ものすごく長い小説」を読むときの気持ちに
近いかもしれない。
小説世界の内容の良し悪しはもちろんではあるが、
その「長い小説」の場合は、「長さ」が重要なので、
その「長さ」を読者として「通過」することで
目にすることができる世界があるのである(たぶん)。

歌詞の内容は恋愛の歌詞であると思う。
もしかしたら恋愛という設定を借りたもっと別の
意味があるのかもしれないけどそれは私には分からない。
たぶん女性目線での恋愛に関しての歌詞だと思うけれど
それを女性が聴くと確かにそうだねと思うのだろうか。
あるいはもっとあっさりしているよと思うのだろうか。

これだけ時間と心を費やして聴く曲であるということは
夜にじっとり聴くのにとても良い曲なので、
忙しい時にサクッとサビまで聴きたいような気持ちの時は
あまりセレクトされない曲である(私の中で)。

この曲は「SCENE2」というアルバムに収録されている。
調べてみたら1991年。CHAGE&ASKAの「SEY YES」という曲が
爆発的にヒットした年でもあるらしいので、
おそらくASKAのソロアルバムの中では一般的な認知度も
高いかもしれない。
このアルバムには他にもいい曲が多い。

私の人生においてもときどき「止まった」期間があるように思う。
今はたぶんその中にいる気がする。
ASKAの歌う「止まった時計」の歌詞の意味とはズレるだろうけど
自分の人生の中の「止まった時…