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悲と恋 漢字の由来や成り立ち そして意味のつながり そして自分の曲

悲しい と 恋しい

漢字を見ていて何となく似ているなあと
思いました。

下の「心」が同じというだけですが。

成り立ちを調べると

「悲しい」の「非」のところは

・羽を広げた形=左右に分かれる とか
・互いに背を向けた人=左右に分かれる とか

そういう意味があるようです。

それで左右に分かれる心で悲しい
ってことみたいですね。

「恋しい」の「亦」のところは
旧字の「戀」でみると「糸+言+糸」だそうです。

・糸が絡まったような様子 とか
・糸を引きあうような様子 とか

そういう意味があるそうです。

ということで絡まるように引き合う心で恋しい
っていうことになるんでしょうね。

悲は「左右に分かれる」
恋が「引き合い、絡まる」

ということで成り立ちや由来からすると
正反対なんですね。

もちろん、意味も「悲しい」と「恋しい」は
反対な気がしますが、

でも、意味は似ている気がしませんか。

僕は似ている気がします。

恋をすると悲しいとか、
悲しみは恋があればこそ、みたいなところないですか。

感情としてもとても似ている気がするんですね。

だから日本語でいう「愛」と「恋」は
決定的に違う気がします。
(英語ではたぶんどちらも「LOVE」だと思います)

恋とはたぶん悲しいものなんです。

なぜなら「恋をしている」というのは
基本的に相手と「離れている」からです。

「恋人」だって結婚している人ではないので
そのふたりは、まだ離れているわけです。法律的にも。

それに「恋しく思う」のは
その対象が自分から離れているからこそ
「恋しく」感じるのではないかなと思います。

ずっとそばにいて、深いつながりを感じられている状態は
もう「恋」とは呼ばない気がします。

だからこそ「恋」は手に届かなくて遠くにあって
だからこそ綺麗にみえるものなのではないでしょうか。
それはそれで「恋」の良さなんだと思います。

ということで、ツイッターに書いた短詩「悲恋」

「なぜ悲しいのですか」
「まだ恋しいからです」

ということで成り立ちや由来は反対だけど
意味としては反対ではなくつながりがあるような気がする
「悲しい」と「恋しい」についての考察でした。

him&anyの曲「そっと星の色を」の歌詞も
Aメロで「行き場のない悲しみは 心の中に 残って」
と歌っていて
サビで「さよならも言わないまま また会おうねって つぶやいてみる」
と歌っているように
恋があってこその悲しみというか
悲しみがあってこその恋というところを歌っています。

19秒 YouTube「そっと星の色を」him&any↓



2018.12.7 him&any

©2018 him&any




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