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動物園のベンチ(小説)

サンタクロースがいた。なぜか白い服を着て動物園のベンチに座っていた。空から灰色の雲の影が地面にふりつもっていた。彼は疲れているようだった。風が吹くと寒く感じた。

   11月1日の午後3時だった。秋という言葉が似合い始める頃だ。クリスマスは当然、まだまだ先だ。営業から帰る途中で小さな動物園に入ると、サンタクロースがいた。

 動物園の中央広場のベンチだった。ゾウの柵も見えるしサルの柵も見える。彼はゾウのいないゾウの柵を見ているように見えた。やはり彼は疲れているように見えた。無理もない。まだ11月1日だから、彼には少し重力が重すぎるはずだ。

 「午後3時だから」と僕は必要のないひとり言をつぶやいて、自動販売機であたたかい紅茶を買った。ちいさなペットボトルだ。

 僕はその紅茶を、彼に渡すところを想像しながら、ひと口飲んだ。

 あたたかさが胸の中に広がった。もうひと口。今度は彼が紅茶を受けとるところを想像しながら飲んだ。あたたかさが体を包んだ。サンタクロースの服が少しずつ赤みを増していた。

    紅茶を飲み終わるころには彼はいつもの赤い服を着ていた。僕は姿の見えないゾウのことを思い、ゾウのために何か飲みものを買おうと自動販売機へ向かった。僕は誰のために何をすることができるのだろう。僕はあたたかい紅茶を買って再びベンチに座りゾウの柵を見つめた。

 僕は誰のために何をすることができるのだろう。もう一度そう思った。営業先の担当者の厳しい言葉を思い出した。あの担当者は真剣な眼差しをしていた。まだ。まだ誰かのために何かできるかもしれない。僕は紅茶のペットボトルをビジネスバッグに入れ、灰色のすき間にのぞく青空を見上げて立ち上がった。


ーーー



※noteというサイトで「紅茶のある風景」というお題でコンテストが開催されていました。小説で応募してみようと、小説の創作に挑戦していました。最後の段落を考えている間にコンテスト募集は終わりましたが、創作の成果として投稿しました。
 なお、「紅茶のある風景コンテスト」の説明に書いてあったのですが、作中にでてくる「11月1日」というのは「紅茶の日」だそうです。ということであえてこの日付にしました。「午後3時」というキーワードも、もちろん「午後のお茶の時間」を意識したものです。あとは思うがままに書いた感じで、書きながら楽しく感じました。
 ここまで読んでいただきとても嬉しく思います。ありがとうございます。

2018.12.3 him&any

©2018 him&any


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