スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

6月, 2018の投稿を表示しています

昔話と5W1H

昔話はすごい。 何かというと5W1Hがすごい。 昔話は導入部分で5W1Hをしっかりふまえているので 話に入り込む枠組みが一瞬で示される。 本当に最初の一瞬ですべて明示される。 これはたぶんビジネスにも応用できると思う。 さっそく昔話のスタートをみてみると 「むかしむかし(when)あるところに(where)  おじいさんとおばあさんが(who)暮らしていました(what)」 ここで、すでに4Wが示されている。早い。 物語として「お話」するとき、なんと、最初の息継ぎまでに ここまでもの情報を示している。早い。 そして2フレーズ目。 「おじいさんは山へ柴刈りに(why/how)  おばあさんは川へ洗濯に(why/how)行きました」 これで5W1Hが完了する。 なんと、息継ぎほんの2回で5W1Hが完了する。 迅速、簡潔、明瞭このうえない。 これはビジネス向けの話法でもプレゼンでも たぶん役に立つスキルだろうと思う。おそらく。きっと。 いちおう5W1Hを説明しておくと when(いつ) where(どこで) who(だれが) what(なにを) why(なぜ) how(どのように) の頭文字をとった言い方で、説明の際に意識すると わかりやすくなると言われている。 「竹取物語」でも 「今となっては昔の話だけど、竹取のオキナというおじいさんがいてさ、  竹をとりながらいろいろと使って暮らしていたんだよね」 という部分で示されている。 そして昔話における5W1Hのさらにすごいところは 何といっても「実はほとんど何も言っていない」というところだ。 情報としてはかなり薄い5W1Hである。 それが逆に「汎用性の高さ」をもっているので、すごい。 「むかしむかし」→いつでもOK 「あるところに」→どこでもOK 「おじいさんとおばあさん」→だれでもOK 「暮らしていました」→何をしていてもOK 「柴刈り/洗濯」→ほかの生活手段や方法でもOK ということで、どこの地域の物語としても通用する。 だからこそ、いろいろな場所で 「自分の土地、自分の先祖、自分にどこか関わりのある話」 として多くの人に語り継がれてきたのだろうと思う。 しかもその「汎用性の高さ」を活かして 土地

蛍の季節

蛍の季節になった。 ふと村上春樹の「蛍」という小説を思い出した。 何だかモノ悲しい話だった気がする。 久しぶりに読んでみようかと思う。 いや今はまだ違うんじゃないかとも思う。 心が物語を欲している。 たぶん僕は何かに少しずつ、 傷ついているのかもしれない。 もしかしたら。 ぼんやりと。夜を眺める。暗闇が優しい。 2018.6.13 him&any ©︎2018 him&any

僕がその曲と出会うのは

僕がその曲と出会うのはいつだろうか 自分の中から生み出す曲だけど どこからか導かれるように生まれる曲 いつか試行錯誤の中でその曲に出会う気がするから だからまだ続けていくべきだと心の中で声がするから そのうちまたどこかでそれを始めてしまう気がする そして彼女が歌うあの曲のように 彼が出会ったあの歌のように 彼らが描く音楽のように 僕がその曲と出会うのは 2018.6.5 him&any ©2018 him&any