スキップしてメイン コンテンツに移動

僕らはいったい何を汚染して何を刈り尽くそうとしているのだろう

森林破壊や河川の汚染
そういうことを経験してきて
反省して改善してきたと思ったら

今は同じことが
広告業界とか人材業界とか情報社会の中で
起こっていて

かつての便利さの中で
陥ったように

今の便利さの中で

僕らはいったい何を汚染して
いったい何を刈り尽くそうとしているんだろう

自らの手で貪り尽くして
何を失おうとしているのだろう

その便利さがあればこそ
こうして僕も今ここに存在しているから
だから今もう一度
手塚治虫の「火の鳥」を読もうかと
埃の積もった本棚に


2018.11.14 him&any


©︎2018 him&any




Twitterのつぶやきとして書いた文章↓

かつての環境汚染や公害のように、今の情報社会の便利さの陰で僕らはいったい何を汚染していったい何を刈り尽くそうとしているのだろう。でもこの便利さの中でこそ僕は今ここにこうして存在しているのも事実だから、久しぶりに手塚治虫の火の鳥を読んでみようかなとも思った。

Twitterのつぶやきとして書いた文章その2↓

この情報社会の便利さの陰でたぶん何かを汚染したり何かを刈り尽くそうとしたりしているような気がする。その中でこそ今ここにこうして僕が存在しているのも事実だけど。なんだか昔の森林破壊や環境汚染と似ている気がした。そう思ったからなのか、ふと手塚治虫の火の鳥を久しぶりに読みたくなった。

その3↓

この情報社会の便利さの陰で僕らは何かを汚染したり何かを刈り尽くそうとしたりしているような気がする。その便利さの中でこそ今ここにこうして僕が存在しているのも事実だけど。なんだか昔の森林破壊や環境汚染と似ている気がした。そう思ったせいかふと久しぶりに手塚治虫の火の鳥を読みたくなった。

その4↓

この情報社会の便利さの光と陰みたいなところが、産業革命とか高度経済成長の時の環境破壊や汚染に似ている気がするなあとふと思って、でも自分のアカウントもその便利さの中で生きてるんだよなと思って、手塚治虫の火の鳥を読みたくなったのだけど、うまくツイート文章にできなくて1時間が経過した。

その5↓

この情報社会の便利さの光と陰みたいなところが、産業革命とか高度経済成長の時の環境破壊や汚染に似ている気がするなあと思って、でも自分のアカウントもその便利さの中に存在しているんだよなと思って、手塚治虫の火の鳥を読みたくなったのだけど、うまくツイート文章にできなくて1時間が経過した。

最終↓

この情報社会の便利さの光と陰みたいなところが、産業革命や高度経済成長の時の環境破壊や汚染に似ている気がするなあと思って、でも自分のアカウントもその便利さの中に存在しているんだよなと思ったら、手塚治虫の火の鳥を読みたくなったのだけど、うまくツイート文章にできなくて2時間が経過した。

最終2↓

この情報社会の便利さの光と陰みたいなところが、産業革命や高度経済成長の時の環境破壊や汚染に似ている気がする。でも自分のアカウントもその便利さの中に存在している。そう思ったら、手塚治虫の火の鳥を読みたくなったのだけど、うまくツイート文章にできなくて2時間が経過した。



©︎2018 him&any

コメント

このブログの人気の投稿

タガがはずれる・ハメをはずす・ハネをのばす 比較

◆前置き  自由詩「夢の中の配役」の中で、「理性のタガがはずれる」という言い方をしたときに、同時に浮かんだ3つの表現について比較してみます。  3つの表現とは、タガがはずれる、ハメをはずす、ハネをのばす、です。  あくまでも個人の感想です。語源の検証や、用例の正確さを保証する内容ではありません。あくまでも個人の感想ですので、例えばテストで、この3つの表現について意見を述べよ、という問題が出て、このブログを参考に答案を書いて、不正解だったとしても、責任は負えません。先生に、him&anyのブログにそう書いてあったのに、と言ってもおそらく効果はありません。むしろ逆効果かもしれません。ご注意ください。 ◆タガがはずれる  漢字だと、箍が外れる、と書くようです。こんな漢字だとは知りませんでした。日本語を勉強中の皆さん、この漢字を知らなくても、少なくとも数十年は問題なく日本で生活できることが今ここで証明されたので、ご安心ください。  意味は、しめつけや枠組みがなくなることのようです。ひつじ牧場の、囲いの柵がなくなるようなイメージですね。ひつじ達はどこにでも行くことができます。  理性のタガがはずれる、ということは、理性によるしめつけや枠組みがなくなる、ということです。理性にしめつけられているのは本能ですね。本能が自由に振る舞うことができる、という意味になります。  本能が自由に振る舞うということは、つまり、自然、ということでしょうか。いわゆる社会的規範や常識的行動、あるいは公序良俗といったものにとらわれない、ということになります。  「あいつはタガがはずれちゃったんだよ」なんて言うときは、何かの原因があって、振る舞いに良識を感じられなくなる、という意味になります。  でも、人間の「自然」って、本能が自由に振る舞うだけではない気がします。本能もあり、理性もあるというのが現在の人間の脳の構造であるなら、どちらも有効に機能できている状態が、自然、なのかもしれません。 ◆ハメをはずす   漢字だと、羽目を外す、と書くようです。ただ、もともとは「馬銜」と書いたようです。「馬銜」というのは、馬の口に噛ませて馬の動きを制御するものだそうです。「馬銜」は「ハミ」とも「ハメ」とも読むそうです。そこから、「羽目」の漢字をあ...

ASKA "Too many people" 感想 Be free

ASKAさんのアルバム"Too many people"の感想その2です。 今回は2曲目のBe freeです。 前の記事と同じくたいしたことは書けませんが ある意味ネタバレになるので 「まだ聴いていないんだからなんの情報も知りたくない」 という人もいると思うので 各人の責任においてこの先を読むかどうかの判断を お願いいたします。 ◇ ◇ □ ◇◇ ◇ □ ◇ ◇◇ ◇ ◇ 2曲目は 「Be free」という曲です。 ピアノとボーカルの印象的なテンポの歌い出しから始まります。 歌の構成というと、ふつうAメロ → Bメロ → サビ という進み方をするのですが この曲のAメロはとても印象的で、 サビであってもおかしくないほどに印象的で気持ちいい。 なので サビ → Bメロ → サビ → Bメロ → 別のサビ と進んでいるような感じで聴いています。 といってもBメロもこれはこれでサビかと思うくらいの良いメロディーです。 ところでこのAメロ&サビのような冒頭の部分は 「夢の番人」を彷彿させる雰囲気だと思いました。 「夢の番人」はCHAGE&ASKAのアルバム「RED HILL」に収録されています。 シングル「YAH YAH YAH」の両A面のもう1曲目としても収録されています。 とはいえ、「夢の番人」とは違って 上記の「Bメロ」に入ったところで、パッと曲調と雰囲気が変わります。 ゆったり、やさしく、たおやかな感じになります。 ただ、歌詞は、けっこう「たおやか」ではない感じがしますね。 決しておだやかではない心境をやわらかく表現している気がします。 報道等でASKAさんの事件や経緯を知っているからこそ いろいろ意味をこめられているなあという気がします。 そう思うと、昔のCHAGE&ASKAの頃よりは 抽象的な感じが減って、より直接的な歌になっている気もします。 ところで、この「Be free」の中での曲調の変化の仕方は ASKAさんのソロ「草原にソファをおいて」に通じるものを感じます。 ソロアルバム「ONE」に収録されています。 こちらは逆にAメロとBメロがたおやかな感じで、サビ前のCメロが 急にドラムが入って力強い感じになりま...

僕は失意の中で

音楽の中に沈んでいるのだった 僕は失意の中で それを聴くのだった 忘れていた それは僕じゃなくて やさしい風だった それは僕じゃなくて 忘れていた 僕は失意の中で 音楽に沈んでいるのだった それは僕じゃなくて あたたかい声だった その何かも届かないところで 沈み込んで冷たく固まっている 魂だからこそ 聴こえるのだった 僕は失意の中でいつもずっと それは僕じゃなくて

次々に分岐しながら広がるように。

水が流れる先を探して隙間から隙間へとたどって流れていくように人生を生きてきた。傾きがあるからこそ次の場所に進めたのかもしれない。ずいぶん長い下り坂をくだってきたようだ。あちこちに曲がりながら流れやすい場所を探しながら。気がついたらこんな場所にいた。最初と今のつながりを辿ってもどこでどうやってここまでつながってきたのかわからない。でも植物の根が次々に分岐しながら広がるように時間は流れていく。途中で硬い石にぶつかればそこでまた分岐して先へ先へと水のある場所を求めて進んでいく。その水がどこに送られているのかも知らない。今ごろ地上では輝かしい太陽の光の下で花を咲かせているのかもしれない。冷たい雪の下で春を待っているのかもしれない。でもそんなことは知らない。今見えるのはどこまでも続く土の中の暗闇と時々ぶつかる石ばかりだ。今もまた石にぶつかって分岐して進んでいく。今いるのはあるいはこちらの根かもしれない。あるいはあちらの根かもしれない。分岐して土の暗闇の中へ進んでいったのはもしかしたら自分ではないだろうか。深い深い土の暗闇の中で触れあった水に手を添えてそっと抱きしめて溶けあう。 2018.12.18 him&any ©︎2018 him&any

あなたの声は

*この記事は「おおかみこどもの雨と雪」を見た感想をもとに作成しています。映画の中のある場面の内容を含む表現があります。「まだその映画を見ていないんだから内容についての情報は知りたくない」という場合、この先を読むか読まないかは自身の責任においてご判断をお願いいたします。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇ あなたの声は 優しく 伸びやかだった そして 長く 長く 空に響いた あなたの声は 力強く 伸びやかだった あなたの旅立ちを 成長を 気付かせるほど 充分に 長く 力強く 伸びやかだった もっと そばにいたかったけれど もっと 幼かったと思っていたけれど もう 大丈夫なんだね もう泣きやまない夜も こない もう冷たく震える体を 抱きしめることも ない いつもいつも 愛おしくて 大変で 心配で 一生懸命で 愛おしかった もう大丈夫なんだね 遠くから あなたをみる もう見えない あなたを見る あなたの声 長く 力強く 優しく 響き渡る声 あなたの旅立ちを知るのに あなたの旅立ちを悟るのに あなたの旅立ちを祈るのに 充分なほど  伸びやかに 響く もう 大丈夫なんだね 手を 離すね わたしも 大丈夫なんだね あなたに わたしに むけて 笑顔になる 心が 晴れるように 水たまりが 空を青く 反射する 2017.3.30 him&any ©︎2017 him&any

眩しい朝日に

夢の中に あの人がいて たわいもない 話をした 昔と同じように 話をした 落ち込む心を 沈む気持ちを 励ましてくれるように ふと 目を覚まして ため息 カーテンをあけた 眩しい朝日に 目を閉じた そして 深呼吸 また会いたい ありがとう そして 深呼吸 よし 行こうか 2017.4.1 him&any ©︎2017 him&any

ASKA "Too many people" 感想 "通り雨"

ASKAさんのアルバム"Too many people"の感想その3です。 今日は10曲目の「通り雨」です。 前回、前々回と同じく 特にたいしたことを書くわけではないですが まだ聴いていない人にとっては ある意味ネタバレということになるので 「これから聴きたいんだから何も情報は入れたくない」 という方などは この先の文章を読むかどうか 各人の責任においてご判断ください。 ◇ □ ■ ◇ □ ◇ □ ■ ◇ □ ■ ◇ ◇ □ ■ ◇ □ ◇ □ ■ ◇ □  ◇ □ ■ ◇ □ ◇ □ ■  ◇ □ ■ ◇ □ ◇  ◇ □ ■ ◇ □ ◇ □  ◇ この「通り雨」という曲は ひとことでいうと「ポップ」な曲です。 雰囲気からすると 「DO YA DO」とか「天気予報の恋人」とか そのあたりの「ポップさ」を引き継いでいる感じがします。 歌詞はやや湿った感じの部分もありますが 曲調や歌については「ポップ」そのものですね。 途中で入ってくるアコースティックのギターソロも サラッとして それでいて聴き心地がよくて それでいて口ずさむことのできるギターソロフレーズで そして自分がいざ弾いてみるとけっこう難しい という まさに「ポップ」な感じですね 歌詞は曲調とマッチする「語りかける」感じです。 なんだかASKAさんと友達で、あるいは、身近にいる人になって ASKAさんが隣で暮らしているのを肌で感じているような 気がするような歌詞です。 bloggerでは歌詞を記載すると権利的によくないので 歌詞を書くことができませんが、とても良い歌詞です。 そして何より、まず初めに思ったのが(それをなぜかここでようやく書く) ASKAさん、やっぱり、歌、うまいな! ってことです。 声を大にして繰り返しますが。 ASKAさん、やっぱり、歌、うまい。 なんというか、その、「PRIDE」とか「恋」とかみたいに しっとり、ねっとり(表現失礼かな…)、そしてじっくり歌いあげるのは ASKAさんの歌い方の魅力なのですが、 この曲はそういうタッチではありません。 「ポップ」なので。 さらっと、軽快に歌っています。 だからこそ、歌のうまさが引き立...