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何を忘れたのか

何を忘れたのかすら忘れてしまった

おかげで嫌な思いが心の中に残っていない

もうすっかりすっからかんだ

歳をとった功名だろうな

覚えるべきこともあまり覚えられないが

何を忘れたのかすら忘れられるというのは

覚えられないというデメリットをはるかに上回るメリットだ

こういうことがあると

歳をとってよかったなぁと思える

2018.8.7 him&any

©︎2018 him&any

村上春樹のラジオ

村上春樹がラジオに出演したという話を聞いて

(そういえば前に村上春樹の「騎士団長殺し」という作品について
ブログに書いたことがあるなあ)

と思い、さかのぼって見てみたら

ちょうど1年前の「2017年8月6日」に投稿した
ブログ記事でした。

なんとまあ。偶然ですね。




ただそれだけの話です。






2018.8.6 him&any

©︎2018 him&any

歴史のおもしろいところ

「歴史」はおもしろい。

「勉強」から離れるとおもしろいと感じるようになった。
たぶん、「覚える」必要がないからだと思う。

覚えるのは苦手だ。

覚える必要のない「歴史」は
「物語」だと思う。

まるで小説みたいだ。

人の思いがあり、人と人のドラマがある。
それを読み進むのが面白く感じた。

たぶん「歴史の勉強」もそのようにすればよかったのだと思う。

歴史が得意だった人はきっと
そのように面白く感じていたのだろう。
とてもうらやましい。
その人はなんて楽しい授業時間を過ごしていたんだろう。

でもまあ、このように「視点が変わって感覚が変わる」ということを
実感として感じることができたということも
面白さのひとつだろうと思う。

楽しめるものは楽しみたい。

2018.7.3 him&any

©2018 him&any

TuneCore Japan で 「LinkCore」 というサービスが始まった

「TuneCore Japan」 で 「LinkCore」 というサービスが始まった。

「LinkCore」とは
TuneCore Japanから配信しているリリースについて
すべての配信先をひとまとめにリンクしたサービス、ということだ。

これは確かにとても便利だ。
これまでは個々の配信先のリンクをツイッターに載せたりしていたが

この「LinkCore」を使うと
いちどにすべての配信先を紹介することができる。

このサービスの何がすごいかというと
「こういう機能があったらいいのになあ、と明確には
意識していなかったものの、無意識に何となく求めていたものを
サービスとして具現化したところ」
だと思う。

実際、このサービスがなくても、TuneCoreの中の
アーティストページのURLを貼っておけば、
そこから、各配信楽曲の配信先のサイトのロゴをクリックすることで
配信先に飛ぶことはできた。

しかしながら、「LinkCore」という「サービス」として
機能させることで、「聴いてもらうための作業」の中の
ワンステップの簡略化に成功していると思う。

配信する側としては「シェアする」のボタンひとつでシェアができる。
宣伝が楽になる。これは確かに簡略化だろうと思う。

聴く側としては、シェアされた画面の中から自分が利用している
音楽サービスを選択することで聴くことができる。
これもナイスアイデアだと思う。

とはいえ、
「LinkCore」と「アーティストページのURL貼り付け」では
聴く側の作業回数自体は実は変わっておらず、
「アドレスをクリック」→「音楽サービスへのリンクをクリック」
という2回の作業が必要になる。

(あれ?簡略化してないじゃない?)

(と、今、思ったので、もう少し理屈を述べることにする。)


「アドレスをクリック」した際に目にする画面で
「ああ、このリンクをクリックすれば聴けるんだな」
という理解という点で「LinkCore」のほうが直感的に分かりやすい。

しかも「シェアする」ボタンも見えやすいので
聴いた人が気に入ったら、さらにそれをすぐにシェアしやすい。

この「分かりやすさ」が
「聴いてもらうための作業のワンステップを簡略化した」と
感じた理由です。

聴いてもらうためのハードルは低いほうが聴いてもらいやすい。

ハードルをどんどん下げて、逆に地面よりも低い位置…

それで悔しいと思うなら

それで悔しいと思うなら
それはまだ未練があり
関心があり
余力があるということだ
それはつまり
可能性があるということだ

そうでなければ
悔しいとは思わず
悲しいとも思わず
怒りも寂しさもないはずだ
1ミリも心は振れないはずだ
それならそれで
通りぬけたということだ

2018.7.1 him&any

©︎2018 him&any

昔話と5W1H

昔話はすごい。
何かというと5W1Hがすごい。

昔話は導入部分で5W1Hをしっかりふまえているので
話に入り込む枠組みが一瞬で示される。

本当に最初の一瞬ですべて明示される。
これはたぶんビジネスにも応用できると思う。

さっそく昔話のスタートをみてみると

「むかしむかし(when)あるところに(where)
 おじいさんとおばあさんが(who)暮らしていました(what)」

ここで、すでに4Wが示されている。早い。
物語として「お話」するとき、なんと、最初の息継ぎまでに
ここまでもの情報を示している。早い。

そして2フレーズ目。

「おじいさんは山へ柴刈りに(why/how)
 おばあさんは川へ洗濯に(why/how)行きました」

これで5W1Hが完了する。
なんと、息継ぎほんの2回で5W1Hが完了する。

迅速、簡潔、明瞭このうえない。

これはビジネス向けの話法でもプレゼンでも
たぶん役に立つスキルだろうと思う。おそらく。きっと。

いちおう5W1Hを説明しておくと
when(いつ)
where(どこで)
who(だれが)
what(なにを)
why(なぜ)
how(どのように)
の頭文字をとった言い方で、説明の際に意識すると
わかりやすくなると言われている。

「竹取物語」でも
「今となっては昔の話だけど、竹取のオキナというおじいさんがいてさ、
 竹をとりながらいろいろと使って暮らしていたんだよね」
という部分で示されている。

そして昔話における5W1Hのさらにすごいところは
何といっても「実はほとんど何も言っていない」というところだ。
情報としてはかなり薄い5W1Hである。
それが逆に「汎用性の高さ」をもっているので、すごい。

「むかしむかし」→いつでもOK
「あるところに」→どこでもOK
「おじいさんとおばあさん」→だれでもOK
「暮らしていました」→何をしていてもOK
「柴刈り/洗濯」→ほかの生活手段や方法でもOK

ということで、どこの地域の物語としても通用する。

だからこそ、いろいろな場所で
「自分の土地、自分の先祖、自分にどこか関わりのある話」
として多くの人に語り継がれてきたのだろうと思う。
しかもその「汎用性の高さ」を活かして
土地や時代に合わせて形を変えながら。

いや本当はむしろ、さまざまな土地の固有の物語が
集積されていくうちに、固有名詞が、汎用性の…

蛍の季節

蛍の季節になった。
ふと村上春樹の「蛍」という小説を思い出した。
何だかモノ悲しい話だった気がする。

久しぶりに読んでみようかと思う。
いや今はまだ違うんじゃないかとも思う。

心が物語を欲している。
たぶん僕は何かに少しずつ、
傷ついているのかもしれない。
もしかしたら。
ぼんやりと。夜を眺める。暗闇が優しい。

2018.6.13 him&any

©︎2018 him&any